2013年7月31日水曜日

それでも美しい雲が



  


それでも美しい雲が
むこうにも
そのむこうにも
立ちのぼり
近くに開く花とともに
目を楽しませてくれている

いま
これらを
見ることができただけでも
いいではないか
この世界と
出会えた甲斐として
今生の
すべての
決算として                                 
   




2013年7月29日月曜日

しあわせ


  


夏が
暑くて 
しあわせ

はげしく
降る雨 
しあわせ

澄んで
咲く蓮 
しあわせ

ひと夏 
ひと夏 
しあわせ

死んでいくわ
ね 
しあわせ
                             
   



「諸世紀」… ふたたび





乗物の事故が
大小
ぽつぽつと
起こり続ける

ヨーロッパには
大小の難の
はっきりした雲ゆき

そんな気配はこれっぽっちもないが
どうもイギリスが危ない
原発事故にならなければいいが

中国ではたいへんな災害が起こるだろうが
他国にも波及するほどの
規模かもしれない

アメリカはもちろん危ない
数州が飲み込まれるほどの陥没が
ふいに起こらなければ
さいわいだが

日本では
のんびりしたひとでも
まじめに
自分と国家の将来を考えざるを得なくなる
平和主義者や憲法擁護者が
当然のように与えられていたものを
脅かされるようになって
狂ったように国防をつよく主張するようになる
行きすぎを止められるのは
むしろ
軍の思考に慣れた者たちか

世界のうちの局所に
災いが集中する時代がとうに過ぎ
さまざまな場所が
災いを分かちあうようになっている
よそに起こったことが
ここにも起こるようになる
ものごとを他人事と見るのを
もう精霊たちが許さなくなったから

だから
すべてをわがことのように
見れるかどうか
受けとめられるかどうか
これにかかっている

霊がないと思って
動くひとびとに
もはや
平穏はない

霊があり続けるならば
どうすべきか
生死をどう見なすか
思いと感情をどう整えるか
思念の放縦を
どこまで許しどこから刈り取るか
無視と
無関心を
どこまで自らに許すか

これらが
ほんとうに大事になってきている









シャンプー+リンス




 

シャンプーでもあり
リンスでもあるが
シャンプーだけではだめで
リンスだけでもだめ

洗うだけでは
だめで
やわらげるだけでも
だめ

シャンプー+リンス
というのが
あり得べき詩
なんだろうかな

トリートメントまで
たっぷり
入っちゃって
                             
   




2013年7月27日土曜日

如是我聞…、ニッポン!、ニッポン!、大ニッポン!…




  



文学は報復ではない
とトリュフォー映画のなか
主人公の元妻は言うが
文学はまず報復でなければならない
いい子ぶって
万人向きの言葉のキャンディーを作ろうとすれば
報復は作者の魂を抉り続ける

じぶんのちっちゃなエゴが大げさに喚きたてるような
個人的な些細なことについての報復ではない
人間界というのはまったくどうしようもない汚泥の沼で
分け前のいいところに陣取った者は
何世代にも延々と玉座を確保しようとするし
そこから甘い汁のおこぼれを貰う者たちは
玉座にある連中を誉めたたえながら
一滴でも大目に甘美なネクターを受けようと汲汲としている
汚泥の中に浸かって使い捨てられていく者たちに
そのままでは浮ばれる機会などない
玉座にある連中とそのおこぼれ連中の首を掻き切り
子子孫孫までの種を殺し尽くし
先祖代々の遺産や業績を破壊し尽くさないと
汚泥人諸君が地上に這い出る機会は永遠に訪れない

文学芸術は報復であり
報復
報復
報復ののちに報復ではない段階も来るが
それはまたその時に考えればいい
あなたよりも多額の収入を得ている者はとにかく敵であり
あなたよりも年金収入が多くなるであろう者たちは敵であり
あなたよりも労働条件のいい者たちは敵であり
あなたよりも恵まれた家庭環境に生れた者たちは敵である
あなたが人一倍怠惰な生を送ってきて
それにくわえて降下嗜好があるならばしかたもないが
そうでなければあなたはこの既得権益社会によって軽視され
馬鹿にされ
より下層に底辺にと黙って押し籠めておこうと謀られてきたことになる
それがあなたの平和であり寛容であり知恵であると自負できるならいいが
弱虫で制度や慣習との戦いを怠けてきただけだったとももちろん言える
なぜ自分が抵抗しないのかを説明できる屁理屈を作り出すのは
人間の理性のお得意わざ
ニーチェをわざわざ繙き直すまでもない

最後の最後には運命という決まり文句で済ませられるなら
あなたには思考も文学も芸術も抵抗もいらない
けれども大学を出たばかりの友人になぜ家族からマンションがプレゼントされ
高級外車が婚約祝いにプレゼントされ
あなたはといえばごく若い頃にできたあんな美しい恋人との結婚もあきらめ
子供をはやくから持って私大ブランド幼稚園にベンツで通わせて
お友だちも年収数億のご家族だけに限るような育て方は不可能だからと
すべてをあきらめて20代も30代も過ごしてきた以上
報復しかないのだ本当は
最後は言葉や表象しかない
言葉も表象も効かなくなったら念しかないだろう
文学も芸術も宗教も報復である
日本にいるのも偶然ではなく
古代出雲で殺戮された者たちや
日本列島の各地で滅ぼされた者たちの怨念との繋がりを
あなたはそろそろ意識して強化すべきだろう
あなたは報復の権化になる
数千年に及ぶ怨霊たちがあなたの立つのをうぞうぞと待っているのが見えるか
ニッポン!、ニッポン!、大ニッポン!と叫んでみろ
古代からの怨霊たちが今こそあなたの隅々にまで集結し直そうとす












2013年7月26日金曜日

まもなく あきらめない







清められる
必要は
もうない

抜けていく林


世界
と呼ばれるべきは
この気圏か

笑みを
浮かべながら
かたちを

とったかと思う
まもなく

棄てていく
ひと

ひと

ひと

ふしぎ
見えないこと


見えなかったこと
見えること
見えなくなっていくこと


もっとも表現したいことが
なぜ
言いえない?

見えている
ものも
たいせつ

そうして

近づいてくるもの
近づいてくるもの

あきらめて
いない

あきらめない

近づいてくるもの

遅くても
遅れていても

抜けていく


ひと
気圏
世界

笑みを
浮かべながら
かたちを

とって
棄てて
抜けていく

まもなく
まもなく

あきらめない

まもなく
あきらめない
   





2013年7月25日木曜日

もう



  

ショックなこと
落胆させられること
この世の根底を信じられなくなるようなこと

多いが
最近いちばんショックだったのは
野菜ジュースに
なんの価値もないということ

濃縮還元
とよく書いてあるが
あれは
搾った野菜汁や果汁を加熱・殺菌などして水分を飛ばし
濃縮した後で冷凍し
使う際に水をくわえて戻す製法だという
いったん加熱・殺菌する過程で
熱によわい酵素は死に
ビタミンCなども激減してしまう
いったい
なにを飲んでいるんだか
という話だ
健康にいいように見せるために
薬剤のビタミンCを後で混ぜたりするらしいが

食物繊維にしても
不溶性食物繊維は取り除かれる
そうしないと
飲みづらくてしょうがないから
水溶性植物繊維はいくらかは残っているが
野菜そのものとは
比較にならないほどの低い量

社会のいろいろな不正にも
つぎつぎ襲い来る原発の問題にも不安にも
これでもか
これでもか
と押し寄せる増税ホラーや値上げ不安の嵐にも
なんとか気丈に耐えてきたが
これにはダメになりそう
市販のどの野菜ジュースも
トマトジュースも
果物ジュースも
なにもかも
ぜ~んぶ
健康の足しになんか
ならないっていうんだから

もう

                                 
   




2013年7月23日火曜日

メロデー



  

そのメロディーは
メロデーとでも呼ぶにふさわしく
他のだれにも聞こえないらしいものの
わたくしのアタマのなかだけを
メロデー
メロデー
メロデーと流れて
だんだんと
ロデー
ロデー
デー
デー
ともなりながら
縦横にらせんを描くようにして
ロデー
ロデー
デー
ロデー
と無用の思念や感情をこそぎ落し
粘着吸着して
べったりべっとりと意識のそこかしこをぬめっていく
日になんどもこれがくり返され
わたくしがるれるれときれいになり変わるのは
このおかげ
ロデー
ロデー
デー
ロデー
メロデーの

これがやがては
ロデー
ロデー
デー
ロデー
メロデーと
わたくしのムダな肉体ばかりかムダな存在までも
ぬめり消していくのがわかっているけれど
ロデー
ロデー
デー
ロデー
メロデーと
そのときには心地好いにちがいない

ロデー
ロデー
デー
ロデー
メロデー

ロデー
ロデー
デー
ロデー
メロデー








2013年7月22日月曜日

こころづもり、か(、ナ)






 
堀辰雄の小説に
ゼロ戦設計者の話をからめた
宮崎駿の新作
予告編を
ちらちらと見たが

いつものように
一年か
二年も経ってから
見るか
見ないか
するだろうか
(、ナ)
ぼくは

けれど
大正期の
関東大震災を描き
その後
戦争の昭和期に
突入していった日本を
追いながら
宮崎駿が思っていたのは
いまの日本と
近未来の日本か
(、ナ)

東北の震災後
まだ
あたふた
し続けている平成日本で
実現して
いって
ほしくないことの
予言のような
ものか
(、ナ)

まさか
21世紀も
新たなゼロ戦
のようなものを
つくって
空を駆ける夢を
時代に
そこそこ
たくみに
迎合しながら
それなりに
叶えなさいよ
青少年よ
などと
示唆しているわけでは
なかろうし
フォン・ブラウン博士のように
あるいは
オッペンハイマー博士のように
兵器産業の場でも
きみたちの
夢を
実現できるよ
などと
示唆しているわけでも
なかろうし

ビミョーな時代の
ビミョーな夢渡りを
きみらは強いられることに
なるだろうから
どのあたりで
どの程度にとどめるか
留めないか
いまから
こころづもり
しておくほうが
いいような
気がする
ねえ
アニメオタクのおじさん
としては

などと
言っている
つもり
なのだろうか
(、ナ)

どうか
(、ナ)











2013年7月21日日曜日

どこまで甘えて





人づきあいはキッチリするほうで
そうするのが仁義とも思っているので
人とわかれる時でさえ
はっきりとわけを言って絶交してきた
それに正しく応じる相手も多かった

しかし
平成になってからは崩れたナ

ながいつき合いだった相手や
それなりのつき合いだった相手が
急に音信不通になるのが増えた
連絡してもナシのつぶて
こちらを捨てたと見せつけたいのか
ことさら無視を装いたいのか

しかし音信を断つ者が
いつも負け犬
なんの戦いもなかったというのに
勝手にじぶんで潰れていったということ
虚勢を張る自我にふりまわされて
人づきあいの礼儀さえ全うできずに

どこまで甘えて
腐りきっているんだか

                                  
   



2013年7月20日土曜日

アン・ネットun-net








  
                  私に繋がっていなさい。
                  私もあなたがたに繋がっている。
      ヨハネによる福音書154




  
某国ふたつの武官と
カクテルの夕べ

きみも
ザ・ネット
したら?

冗談めかした笑みを
浮かべながら
ひとりが聞いてくるので

(こんな笑みを
(彼が浮かべるのは
(ぜったいに
(こちらには渡さない
(技術などの話を
(わざと振ってくる時…

インターネットのこと?
今どき
だれでも
やっているじゃないか

そう言うと

あれはちがう
無料のだろ
きみが言っているのは

あれは
世界中の
情報をとるために
世界管理の側にある者たちが
わざと下ろした
撒き餌

あれじゃなくってさ
本当の通信網
きみの授受する情報は
相手以外には
まったく覗かれない
ガードの
本当にかたい
エラーもない
通信網

ほう…
けれど
ぼくにはいらないな
ぼくには
秘密はない
守るべき情報が
ぼくにはない
大事な情報をやりとりする相手も
この世にはいない
そもそも
ぼくは「世界管理の側」にない
どうせ
その気もなくて
冗談で言っているだけだろう
きみも?

すると
武官はさらに笑みを深め

きみの発言
いいね
「世界管理の側」にない
とはね

あたりまえさ
「管理」は存在しない
理性という自己欺瞞の妄想だ
管理は管理に溺れる
世界はあるがままにあれ
いまのままですべてはよい
すべて
無数のものの
あるがまま
なるがままにあれ
人間的価値観のすべてを脱ぎ去って
起こっているすべて
起こっていくすべてを肯定せよ
感情思念の根底に
自己優越と
他者への支配欲を握り締めつつ
虚妄を
「生」であるなどと
思い込んでいる
自称「人間」たちを除けば
世界への
これ以外の
態度はありえまい…

武官は
目をひそめた

…もう
きみはザ・ネットに
繋がっている
のか?

きみのいう
ザ・ネットとやらが
どんなものか
ぼくは知らないが
アン・ネットun-netというべき
非ネットから
離れたことはない
いかなる媒体も使わず
物理的な装置も接続手段もいらない
そもそも
感情作用と
価値づけ癖とを
脱ぎ捨てた者だけに
使用可能だが
神経も思考もいらない
人間の本体は脳にはないから
脳死状態でも
死後でも
問題なく使える
そこに
「世界管理」という概念は
介入しようがない
隠蔽はあらゆる部分で不可能であり
情報移動は
つねに瞬時にして
全方位
完全相互的で
自我を残す者は
過重なストレスのために
一瞬に焼き尽きる
そのような
アン・ネットにならば
ぼくは
永劫のむかしから
繋がっている




某国ふたつの武官と
カクテルの夕べ

というより
武官の姿をし

などというものが
あるかのようにもして
またも現われた
例の者たち
との
カクテルの夕べ