2015年9月26日土曜日

とっかかり

  
いつも遠いところにいて
遠くすべてを見る遠いわたくしが
わたくしにさえ遠く
なにか囁いたり声低く歌ったりしているようだが
わたくしにもよく聞こえない
遠い遠い夢のような
けれども現実の(だって、わたくしには他になにも世界はないから…)
あゝ
遠さよ
切実さよ
大河の激流の中の小さな足台のような
足の裏ふたつギリギリの
この世との
とっかかりよ


2015年9月22日火曜日

大きな円みのある時



秋に入っても
まだ木々の葉は枯れず
草はらの草も
緑のまゝ静かに陽を浴びている
いっぱいに明るく陽の入る居間からは
それら緑が見渡せて
どこへ行く必要もない
静かな休日の午後が満ちている
茶を淹れようとも思うが
それさえも要らない
どんな動きも
起こさないでおきたい
大きな円みのある
時が満ちている





2015年9月12日土曜日

そうか、死んだのか…

  

オスカー・ワイルドが死んだ記事を見ながら
グレアム・グリーンは父親に
 「ワイルドには、ちょっと会ってみたかったな

「ふむ…
父親は一息入れ
「会ったことあるじゃないか

「え? どこで?

「おまえが小さかった頃、ヴェネチアに行ったね
「サンマルコ広場で時々会った男がいたろう?
「私たちのテーブルによくやってきて
「いろいろしゃべっていった
「あの男

「あの男だよ
「オスカー・ワイルド
「おまえも話したじゃないか
「忘れたかな、小さかったから
「なかなか伊達男だったがな
「そうか、死んだのか…



ドナルド的なるものこそ幸いなるかな



ドナルドダックの短い動画を
なんの気なしに見ていて

こんなドナルドがいることで
ディズニー世界には幅ができたんだな
とわかった

ミッキーだけではどうしても拓けない
ずれっぱなしのムダに騒がしいキャラクターのおかげで
あたらしい領域が生まれた

ちょっとでもかしこまった公的な場で
主催者(たらんとする)側の押し付けてくる空気を
断じて読めず
かといって
すぐに硬直しがちな「反抗」やら「抵抗」やらの意志を持つでもなく
身のまわりのあれこれのモノの扱いに
手間取り続けるドナルド

いつであれ
どこであれ
場の主人公というものがあり得るのをこれっぽっちも認めないし
そもそも
場とか事態というものの成立を感じとりもしない
ある観点や方向性から捏ね上げられる
歴史や物語や作品はすべて
ドナルド的なるものによって即座に溶解し
統一場理論は永遠に遠ざかり続ける

方向も目的もなしに
モノひとつひとつの扱いに手間取って
宇宙の生成や消滅も気にせず
ドタバタし続ける
ドナルド的なるものこそ
幸いなるかな

ドナルド的なるものこそ
幸いなるかな




そんな歌い出しだったような




あたらしい朝が来た…
希望の朝が…

そんな歌い出しだったような
ラジオ体操の歌
子どもの頃の夏の日課の

ハンコをもらう葉書大の紙に
紐を通してぶらさげて
眠い目を
しばしばさせながら
ひとしきり
体を動かすと
なんだか
もうそれだけで
その日やるべきことが
済んでしまったような感じで

あざやかなツユクサを
ちょんちょんしたり
あれこれ
雑草を引っこ抜いたりしながら
また一日
盛大な暑さを捲き起こす
夏というものの気に包まれ切って
朝ごはんに戻っていく…

あたらしい朝が来た…
希望の朝が…

そんな歌い出しだったような
子どもの頃の夏の
あの真実の歌

すべての朝はあたらしい
起きるかぎり
どの朝も希望の朝…

そんな歌い出しだったような




2015年9月5日土曜日

歩き続ける



明るいうちも歩くが
日の暮れ際も歩く
すっかり夜になっても歩く
スマートフォンも持たず
メモ帳も持たず
カメラも持たず
水だけを持って歩く
自分とやらはたぶん持って出るが
どんどんと剥がれ落ちていくのを感じるので
自分なんてきっとどうでもいいものだったのだろう
仕事もたくさんの用事も頭の中に持って出たつもりが
いつのまにか遠い遠い箱にしまった文書の数々のよう
アスファルトや
土や
延々と続く草や
空や
河や
遠くの家屋の連なりや
それらの光や
高速道路の曲線や直線ばかりが見え
いろいろな遠い音が聞こえ続ける
時どきどこかの山奥で嗅いだ匂いが立ったり
なぜか芳しい花の香りが来たりする
最高速度に近く歩き続けるので
全身が薄く濃く汗ばんでいる
時どき頭皮の中から汗が流れ落ち地面に滴る
足腰から背に脇腹に筋肉が連動し続ける
下して振っていると手のひらの指先に血が溜まって腫れてくるので
時どき上に向けて様子を見ながら歩き続ける
一時間半ほどまでなら快調だが
二時間を超えると靴の中でマメができ始める
靴の縁で踝も擦れて来る
だいぶ前のこと6時間も8時間も歩き続けた時には
筋肉疲労も呼吸機能も大丈夫でも
スポーツシャツの腹部あたりが大きく血で染まっていて驚いた
速乾性のシャツの裏地に腹の皮膚が擦れて
臍のまわりや脇腹の皮膚から出血していたのだ
公衆便所に入って洗い流したり止血を試みたが
なかなか止まらず時間を食った
ティッシュで傷を押さえながらゆるゆると帰路に戻ったが
まだまだ2時間は歩く必要がある距離が残っていて大変だった
そんな長期の快速歩行を試み続けながら
足腰も心肺機能も大丈夫でも
意外なところでいろいろな故障が起きるのを経験した
人間の活動はすべてがこんなふうだろう
意外なところでいろいろな故障が…
そんな小さな自分だけの教訓を摘み取りながら
歩き続けてきて
歩き続けていく
明るいうちも歩くが
日の暮れ際も歩く
すっかり夜になっても歩く
スマートフォンも持たず
メモ帳も持たず
カメラも持たず
水だけを持って歩く
自分とやらは疾うに剥がれ落ちて
安手の仮の自分の仮面を被って歩く
自分とやらを持っていると騒ぎ誇示する人々をもう見もしない目で
アスファルトや
土や
延々と続く草や
空や
河や
遠くの家屋の連なりや
それらの光や
高速道路の曲線や直線ばかりを見
遠い音近い音を聞き続ける
時どきどこかの山奥で嗅いだ匂いが立ったり
なぜか芳しい花の香りが来たりする
全身が薄く濃く汗ばんでいる




猫たちの帰還



大きな河の緑の土手
夏場の殊に暑かったさなか
猫たちの集まるところに彼らの姿はすっかり消えて
もしや駆除でもされたのではないか
虐待趣味の人間も増えていて
行政も野良猫の駆除に乗り出してきていて…
と心配になったが
秋めいてきたら
どうやら戻り出してきたらしい
日も暮れてからの長いウォーキングのなか
猫たちの集まるところに耳の立った二三の影が
もっこりと落ち着いて蹲っている
中には水たまりの水を
チョポチョポ小舌で飲んでいるのもいる
たゞそれだけのことで
秋めいてきた日々に
しっかり力が充ちわたる
楽しくなってくる
夜の闇の中に立つ耳たちが
そこここでこちらを向いているだけで
しっかり力が充ちわたる
楽しくなってくる




2015年9月3日木曜日

ポトスたち




水がほとんどなくなっていたのに
ずいぶん生き生きと
繁茂していたこちらの小壺のポトス
透明ガラスの中では
黒っぽく乾いてしまっている根もあったのに

比べてこちらの花挿しのポトスは
水はいっぱい入っているのに
どの茎も細くなり
葉は薄いみどりになって
衰えていっている

机上に放りっぱなしのワインボトルのものは
もう一年以上も水を足さないのに
蒸発も少なければ
茎も太々として葉も厚く
なにが良く影響しているのだか






2015年9月2日水曜日

頼りなくあたたかいことを




湿気が増してきている廊下
廊下のほうから足裏に貼り付いてくるようで
さっきから仄暗い吸着を受けている

―わたし!

ちょっと小声でそう叫んでみる
ほんとに小さな声で
空気が細い谷間を抜けた刹那のように

わたしを捨てる習い性を
ちょっと止めてみようかなどと
頼りなくあたたかいことを思ってみている





2015年9月1日火曜日

動きと感知できないほどの

  
曇り空や小雨が続いてきた日々の或る午後
世界が一瞬に変ったかのような晴れ間が広がり
…たぶん連日の雨で大気もすっかり洗われていたのだろう
つよい陽光があたり一面に落ちてきて
あらゆるものを色あざやかに輝かせ
小さな水の玉を澄んだ極上の宝石にした
短い手紙にさっと目を通すほどのわずかの時間のことだったが
遠いもの近いもの
草も木も家も道も震えた
動きと感知できないほどの大きすぎる導きに包まれているのを
もう引き返しようもないほど思い出してしまったから