2016年7月29日金曜日

夏らしい空になると


夏らしい空になると
もう
なんであれ
どうでもよくなる

気分はすっかり
空に同化してしまって
からだの端々まで
夏らしくないものを
追い出し切る
振り払い切る

おおい雲よ
などと
叫ぶ必要もない
ほんとうは
じぶんも
雲だったじゃないか

ずっと昔から
いつも
いつでも
いつまでも



出会った



ひさしぶりに終電に乗ると
満員ではないものの
人でいっぱい
あの疲れた空気が充満していて
立っている人たちも
座っている人たちも
じぶんの肉の中に籠って
寝ているか
目を瞑っているか
どろんとした目でスマホを見つめているか…

ところが
近くの人たち
離れた人たち
ひとりひとりを見つめてみると
くっきりとしている
顔も髪の毛も肩も胴も
みなくっきりとして
他の誰でもないすがたで
そこに立っている
座っている
眠っている

この不思議なまでの
くっきりさは
なんだろう
ひとりひとり
こんなにくっきりと違う人たちが
この車内にいて
ひとりひとり
見つめるだけでも
じつは
出会いだった

ひさしぶりに終電に乗って
満員ではないものの
人でいっぱい
あの疲れた空気が充満していたが
立っている人たち
座っている人たち
じぶんの肉の中に籠って
寝ているか
目を瞑っているか
どろんとした目でスマホを見つめているか…

そう見えたが
この人たち
見えるかぎりのみんなに
出会った
とりかえのきく
べつの誰かでない
他の誰でもないすがたで
立ったり
座ったり
寝ていたり
くっきりとそこにいるのに
出会った



2016年7月21日木曜日

大いなる風への献歌 第2献歌



…とはいえ、滑稽な
子供めいた《高い高いところ》憧憬は
滅びよ、ここで
高い低いに絡めとられて
いつまでもそれゆえに低い声が
1献歌を占拠していなかったか?

むろん自己批判の時代遅れの趣味に舌を染めようとはしない
たえざるギアチェンジ、
つまらないもの、効果の薄いものを捨て続けていく
旅の要諦どおりに
無駄をそぎ落として行き続けるばかり

とはいえ
むろんむろん
むろんむろんむろん
つまらないもの、効果の薄いものとはなにか…に
一義的な解釈を押しつけて固定していこうなどとはしない
その場その場その時その時で
つまらないはおもしろい
効果が薄いは効果が高い
たえざる交代などあたりまえの話
同様に
自己讃辞に裏返しでない自己批判などあるか?
あるまい!
正しく精妙に批判できる自己の顕示でない自己批判などあるまい!
子供めいた《高い高いところ》憧憬を裏貼りしていない自己批判など!

大いなる風への
第2の献歌を終わる



2016年7月17日日曜日

大いなる風への献歌  第1献歌



…しかし、大いなる風が
あのあたり
高い高いところを吹き抜け続けている

下界やこのあたりの
息苦しさ
肌を荒らす
小さな虫の凝集のような
局所的な空気の不快さがなんだというのか

名もないどころか
まだ人類のだれもが感知さえしたことのないものが
あのあたり
高い高いところを吹き抜け続けている
数万年は続いてきた
安定し切った吹き続けのさまに
いるかいないかの代表格であるわたくしも思いを馳せ
認識の虚妄と傲岸を少しは拭い去って
いるかいないかではなく
より鮮明にいないことの誇りを発揮すべく
魂をあの高いところに向かわせるなどという空言の捏造には向かわずに
たゞなきものとして
清潔に空の器として
小さな束の間の認識を湛えていこう

あのあたり
高い高いところを吹き抜け続けている
大いなる風への
第1の献歌を終わる



はじめての証人



宙に浮かび出る神秘の蝋燭などない
水底に忘れさられている秘教の鍵などない

しかし探す
探し
続ける
薄い肌の色の乙女が
好き

彼女のすぐ背後から
あるいは脇に
風の精のように憑いて
ときどき囁きかけながら
どこまでも
髪が乱れたり
からまったり
ほぐれたりするのを
まぢかに見続ける

私のほうこそが精霊

祈りなら私にお向けなさい

精霊に悩みがあるとでも?

想い悩まぬ者が
言葉を並べるとどうなるのか
人間でないものが記すとどうなるのか

あなたが
はじめての証人



海はいいなあ


自己認識というものに
ちょっとは信憑性があるなら
ぼくは今も少年

しなきゃいけないことに縛られていなくて
(でも世間の手前ちょっとは縛られてるふりはする…
とりわけ心や発想は縛られていなくて
夏になれば虫採りばかり思うし
ちょっとは花々を思うし

それに海だな
海はいいなあ
泳ぐのもいいが
海に浸かったままちょっと沖まで
ぷかぷか浮かんで行くのは
あれはいいなあ                                            

とうに足なんかつかないところで
ここで足が攣ったら死ぬかもなあと思いながら
ぷかぷか浮かんでいるなんて
いいなあ

沖は遠ざかって
海の上はしずかなもんだ
なんだか知らないが
水の中から
ぷくぷく
浮かんでくるちっちゃな泡なんかもあって         

クラゲが近くを浮いていく時なんざ
刺されないかちょっと心配するが
人間のからだを持ってるのに
なんだかわからないが
ぷかぷか浮かんでいられるなんて
いいなあ

おっと…!
ほかのことも考えるつもりだったが
まぁいいや
海に行って沖まで出てって
ぷかぷか浮かんでいるお話ばっかりになったが
はい
この一連の言葉ならべは
このあたりでお終い



夏の空気



夏の空気は露骨な圧力となって
じかに精神を絞め上げてくる

おかげで
精神があった
そんなもの
まだあったんだと気づく
とうのむかしに
失ったと思っていたが
まだあったのか
この俺にも

心を絞め上げてくるのでもなく
ましてや魂とやらを
絞め上げてくるのでもない
正確確実に精神を
なのだ
絞め上げてくるのは

夏の空気にどうして
感謝をしないでいられよう
古色蒼然に
精神なんぞという
言葉を思い出させてくれて

まるで盲腸か
隠れたままの親知らずか
そんなものに向かう特殊な放射線のように
他のなにものにも触れずに
じかに
精神を絞め上げてくる
夏の空気に
その露骨な圧力に



にぶく不快な重さの粒子が溶け込んでくる


よくないことが起こるとき
はやくから空気のなかに
にぶく不快な
重さの粒子が溶け込んでくる

だれかがふつうに死ぬとか
なにか失敗をするとか
ひどいがよくあるような事故とか
そんな程度のことではなく
解消しようのない悲しみや辛さが
たくさんの人から生じるとき
にぶく不快な
重さの粒子が溶け込んでくる

12日や13日
いつもよりそれを感じたので
まわりにちょっと話したが
なるほどと思うようなことが
やっぱりいくつか起きてしまった

じつは終わっていない
まわりにはくり返し言っているが
今年の夏は重く悲痛な夏
ふつうでない死がいっぱい来る
ふつうでない失敗や
ひど過ぎる事故などが
いっぱい
いっぱい

それははやくから
空気のなかに
溶け込んでくるから
だれでも注意すれば
ほんとうはすぐわかる

運命の潮流というものがあり
上げ潮や引き潮というものがある
想像を超えたかたちを取って来るから
意外なところで引っかかるかもしれない
大災害のなかに居あわせても
意外な運から無傷かもしれない
血のにおいや煙のにおい
埃や毒の気体のにおいのなかを
いくらか迷って逃げのびないと
いけなくなったりはしても



2016年7月15日金曜日

アラジン


まだお茶は残っている…
魔群の通過からも
いつか
遠ざかって…

湖のことは
よく
記した
ずっと見えていたのだから
眼窩のちょうど前の
すこし
上のあたりに

音とリズムこそ大事で
意味も主張も
ニの次
三の次ということが
わからな過ぎる人たちの
詩ふうのものからも
疾うに
遠ざかって…

腕が動いてくれている
指も

湖は
いくらでも
呼べる
呼び戻せる

しかし
他のものでもいいと思うのだ、もう
河?
海?
鞭打たれない連想というものはわびしいから
すぐに
水に関わるものから
こうして紡ぎだそうとするが…
ここに脳の限界がある
ふつうの働きをさせておくと怠ける…

水でなくても
もう
いいんじゃない?

渇きで
喉を癒す

その程度には
成っていてくれよな、た、ま、し、い、…
なたましい
同朋よ
所詮はおれの声によってのみ
かたちを取り始める
しもべ

アラジンの魔法のランプのように



強く思わされる



見えないからだを持って
ひさしい

じぶんにも
見えないのだから
ちょっと動くのさえ
なかなか
むずかしい

廊下を通り抜けるのさえ
難儀する
足の指先をぶつける程度ならまだしも
膝がどのくらい
壁に近づいているのか
まったく見えない
肩がどこまで張り出していたのか
感じているのとは
いつも異なる

他人にも動物にも見えないから
こちらの領域に
連中は平気で入り込んでくる
こちらなど
いないと思い込んでいるのだから
足も平気で踏んでいくし
腹にも飛び込んでくる
わき腹や背には
いつも連中の肘が喰い込んでくる
それでも連中
なにも感じないし
手触りも覚えないのだから
どうにもならない

見えないからだのほうからも
どうやら
こちらのことは
まるで見えていない
感じられていない
からだを動かしているのは
はっきりとこちらなのに
動かされていると
思っていないらしい
まるでじぶん自身とでも
いうようなものがあり
そのじぶん自身が
じぶんを動かしているとでも
思っているらしい

こっけいな話だが
この光景を見続けていると
いろいろ考えさせられる
こちらだけは
じぶんがあるなどとは
信じまいぞ
そう強く思わされる



また、潮風 そして時機をわきまえたそよ風に乗って…


            悪魔のように誠実
            ヘンリー・ミラー


テーブルに置いた
タロットカードの一枚から
また、潮風

風に
むかし飛ばされた
薄い薄いレースのハンカチが
底の見えないほどの谷の奥から
不可思議な
けれど時機をわきまえたそよ風に乗って
舞い戻ってくる

少年だった頃のぼくの純真よ

ハンカチはずっと
風から風に
やさしく委ねられ継がれて
いちども地に落ちず
奇跡的に雨に降られることもなしに
舞い戻ってくる

偽悪をたびたび装いながら
汚れた気にふさわしい
皮を被ってもきたけれど
そろそろ
棄ててしまおう
いろいろなものを

さようなら 

さようなら 

潮風の中で戻ってくるたくさんの実体
この化性の岸まで

生まれる前から意識があったのを覚えているのでぼくは無敵

いつでもそこへ帰れる意識を中に抱えているのでぼくは無敵

さようなら
が別れのことばだなんて
思っているなら
甘い
それは
出会いの予言の決意
呼び込み
sayounara
  a ou  a a
  a ou  a!a!

いくつかの詩句は聖言となるから
注意深くも記す
ぼくは

受けとめる者に幸あれ

時間は
戻らない直進性の喩としての時間は
超えられた
これまで多くの人において密やかに成就されたように
ぼくによっても

時計の針の進行と全く違うものが時間だったと体感した者に幸あれ

ここに放たれる指し示す指、言葉、語、
受けとめる者に幸あれ




2016年7月14日木曜日

ミレノスとかクレノスポンテスとか



さっきまで豪雪だったけれど
夏の東京であれほどの雪というのは
もちろん珍しいことでもない
ぼくらは骨の太い傘をさして
ちょっと切らした炭を長野まで買いに出たけれど
行きも帰りも歩いてきたわりには
たったの四十分しかかからず
うちで寒がっていたワニのウィリアムも
大喜びで迎えてくれた
薪はいっぱいあるのから
火をつけたままで出かけてもよかったが
やっぱり火の用心はしないとね
ウィリアムが焼きワニになったら
かなしいものね
それにしても帰りつく頃には
雪もやんで心の深くまで麗しくなるような
深く巨大な夕焼け
まるでぼくらがかつて過ごしたことのある
地球でなんどか見たような
夕焼けのようだねと
呟いたのはリチャード
きみだったね
ほんとうにそうだ
なかなかいい星だったけれど
あんなにさびしいことになってしまって…
とぼくも呟いてしまったら
まぁ、あれはあれさ
陸続と星は生まれ続けるのだし
ぼくらとしては今
この星のいいところを
どんどん発見していかないとね
とイワンが
なかなかいいことを言ったんだった
まったくそうだな
昔の星を偲んで
東京とか長野とか
そんな名前を
森のどこまでも続くこの原野の
ちょっと開けた小さな高原に付けてみたのは
ぼくひとりの小さな感傷だけど
いずれ
そんな名前は
変えてしまうかもしれない
そうすべきだと思う
ミレノスとか
クレノスポンテスとか
もっとふさわしい
そんな名前に