2021年4月21日水曜日

絶望という岩盤の上で露命を繋いできたに過ぎない


 

  

前には物事を合理的に説明し去ろうとしていたのに、

今はいとも異常な信じがたい驚異を信じかけていた。

 H.P.ラヴクラフト『闇にささやくもの』(南條竹則訳)

 

 


 

十代で絶望ははじまり

二十代ではなんとか抗おうとしたものの

その後は希望のキの字さえ失せて

絶望という岩盤の上で露命を繋いできたに過ぎない

 

疲れを知らぬ全領域の書籍を対象とした読書量と

縦横に融通無碍に使用可能な記憶形成のための内的整理法と

あたかも創造と見紛うような知的編集力とについての

這い上がりようもないほどの絶望である

 

汚濁のこの世を見つめる価値があるかどうかはひとまず措くとして

もしヘーゲルやバルザックやアクイナスや

アリストテレスらのような総合と全体の知を意識内に作り

そのレンズを通してモンテーニュのように見聞き考えようとするならば

 

周囲の諸テーマに対応すべく言語や概念や表象の使用をし続けるかぎりは

一日に数千から数万ページの読書量は必要不可欠となるのだが

衣食住に加えて神経や筋肉や内臓の疲労に襲われ続ける生体保持期間には

とてもではないが日々のこの情報摂取作業は維持できない

 

中年期に入ると人間は書籍からの大量情報取得のこの義務を放棄し始め

それでも言語や概念や表象に未練のある者たちは

詩歌やせいぜい300頁程度までの中編小説や

論理的突き詰めを欠いた数千字程度の雑文を書き汚したりして誤魔化す

 

論説文を読むにしても本当の論文でなく短い概説書や新書の類に留まり

本文から派生する注釈の奥の奥へと数ヶ月も数年も探索し続けて

地引き網に掛かる意想外のテーマや領域や問題群に関するいっそう厖大な

大量の書籍や資料の類を買い集める熱意も体力も失っていってしまう

 

この残酷な衰弱と崩壊過程にそれでも抗おうとしながら周囲を見ると

同年代の者たちやその前後の年齢の者たちはそろそろ飽満系の美食から

ヘルシーだのライトだのヴィーガンだのに移り真新しいシャツなど着込み

最新流行の指南はすでに娘たちや孫娘たちに任せて悠々自適している

 

おお! なんたる悲劇! 日常化されたなんたる絶望!

ふと反省し直せばマルクスのヘーゲル批判が内蔵する重大な過失を

ヘーゲル側から十分にメタ批判して我が物にもできていない社会科学知や

各種の素粒子論の数式も読み解けない科学知で朽ちていこうとするとは!






愛知県森林公園

 

 

 

思へばこの世は常の住み家にあらず
草葉に置く白露、水に宿る月よりなほあやし
金谷に花を詠じ、榮花は先立つて無常の風に誘はるる
南楼の月を弄ぶ輩も 月に先立つて有為の雲にかくれり
人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
一度生を享け、滅せぬもののあるべきか

『敦盛』

 

  

 

名古屋の守山区に住んでいた頃

たぶん四歳か五歳だったが

車で行けば遠くない愛知県森林公園にときどき行き

春にはあたり一面クローバーの広がる野原に寝転び

小川では黒いオタマジャクシを追った

クローバーの上に寝かせた赤ん坊の弟を

父は真上から写真に撮って

それがずいぶん決まった斬新な写真に仕上がったので

プロでもないのにカッコいい

とぼくは思った

グリーンのクローバーの上で眠る乳児

という感じに写っていて

被写体がじぶんでないことにちょっと嫉妬した

 

けれども

さっき気づいたのだ

守山区に住んでいた頃

弟はまだ生まれていなかった

守山区からは遠い岩倉に引っ越してから生まれたのだ

だからあの写真を

森林公園で撮ったわけがない

田園地帯の岩倉にも

クローバーの生え広がるところは多かったので

家から遠くないどこかで

乳児だった弟をクローバーの上に寝かせて撮ったのだろう

そうに違いない

 

けれども

さっき驚いたのだ

母が弟をクローバーの上に寝かせ

それを父が写真に撮った時のことをぼくはよく覚えていて

しかもその前後にぼくは

たしかに森林公園の小川でオタマジャクシを取って遊び

たしかに手で触れる水がずいぶん冷たかったり

たしかに首筋に吹いてくる風がすこし寒かったりしていたのを

たしかにあまりにはっきり覚え続けているものだから

 

そうして

今になって思い直しているのだ

弟がいるわけがありえない森林公園の春に

ひょっとしたら

ぼくだけなぜかひとり居続けて

弟の加わることになった若い家族というものの幻をぼんやりと見続けて

家族ならクローバーの上に乳児を寝かせる母親がいたり

それを写真に撮る父親がいたりもするものだろうなどと妄想して

そんな妄想のなかにずっと閉じ籠もり続けて

長い長い時間を経てきてしまったのではないだろうかと

 

弟の加わった家族についに参加せず

あの家族から離れて

森林公園の小川かクローバーの野でぼくは急死でもしてしまっていて

魂は森林公園に残ったまま

ぼくの参加しなかった弟のいる家族が

岩倉とかいうぼくの知らないところへと引っ越していったのを

夢幻のなかでながながと見続けでもしていたのではないかと






その八重桜の下に

 

 

枝を何本も棚のように横に伸ばしているので

その八重桜の下に行くのが好きになった

花の満開の時には花の屋根がひろがり

若葉のひろがり出した頃には若葉の屋根となった

 

むかし庭のこんな八重桜の下で毎日を過ごし

花の満開の時にはミルクを飲みビスケットを齧り

若葉の広がり出した頃には柏餅を食べたりした

そんなあれこれをいくつもいくつも思い出すので

その八重桜の下に行くのが好きになった

 

八重桜の庭のある家になど住んだこともなく

その下でミルクを飲んだりビスケットを齧ったり

柏餅を食べたりして過ごしたこともないのに

そんな人生であったかのように思わせてくれるので

その八重桜の下に行くのが好きになった






2021年4月7日水曜日

確固としている くっきりしている

 

ひとに会いたい

とか

どこかへ行きたい

とか

そんな欲望を

かならず持っているのが

人間では

スタンダード

なの

らしい

 

昨今の言い方なら

デフォルト

とか

言ったらいい

のか

 

自己点検

してみると

ぼくは

べつに

ひとに会いたくないし

どこかへ行きたくもないし

と

わかる

 

確固としている

くっきりしている

べつに

ひとに会いたくないし

どこかへ行きたくもないし

と

いうことが

 

こわいかもしれないよ

こういう

ひと





空気の音

 

 

空気の音が

いつも

聞こえている

 

ひょっとして

耳のなかを流れる血の音かもしれないが

それもひっくるめて

空気の音

ということに

している

 

しずかなところでは

よく

聞こえるが

けっこううるさいところでも

聞こえる

 

わたしにとっては

これが

真理

みたいに感じられていて

これさえ

聞こえていれば

こころ

おだやかで

いられる

 

他人の声など

いらない

 

意味や

理屈や

感情を乗せようとした

声など

もっと

いらない





とらえどころがない


 

 

桜が散ったあとは

どんなふうに

生きていったものだったかな

と

むかしむかしの

あの年

この年

を

きまぐれに

思い出してみたり

も

する

 

こんなことが

けっこう

楽しい

 

藤をこころ待ちに

した

ものだった

かな

 

牡丹を

わくわくしながら

日を送った

ものだったかな

 

そうして

今年は

どうしたもんかなあ

どんな

こころ持ちで

日を

送っていくのかなあ

と

あいかわらず

定まらない

こころ

 

ぼんやり

ぼんやり

生きていても

いなくっても

いいような

ヘンな

じぶんを

やっている

 

とらえどころがない

じぶんを

やっている





さくら花ちらぬ梢に

 


おおかた

染井吉野の桜も散ってしまったから

というのではないけれども

 

さくら花ちらぬ梢に風ふれててる日もかをる志賀のやまごえ*

 

と

定家の歌を思い出してみると

ちらぬ

という否定を以て

桜の花の

今あるさま

を

意識につよく映し出してくる悪戯っぽさに

ことば遣いの

あゝ なんという若々しさ…

と楽しんでしまう

 

そうして

“てる日もかをる”

と

来るのだ!


志賀のやまごえ

まで

行ってしまうのだ!

 




*藤原定家「花月百首」中「花五十首」より。






高木くんほど




はじめて出会った詩人は

たぶん

高校時代に同級生だった

高木くん

 

髪の毛がちょっと薄くて

女の子ふうな感じの

すこし長い顔で

華奢で

小さめで

ちょっと猫背だった

 

昔もいまも

じつは

小説にしか興味のないぼくは

おなじクラスになった高木くんと

―へえ、詩を書いてるんだ!

―へえ、小説を書いているんだ!

とことばをかわしあい

いっしょに雑誌でも作ろう

と決めた

 

なにせ

ガリ版刷りするのだ

小説なんて

短編だとしても

ガリガリ文字を記していくなんて

いっぱいすぎて面倒くさいから

詩なんて書かないぼくも

そんじゃあ

詩にすっかナ!

と詩にした

 

ちょうど

ランボーを読んだばかりで

小林秀雄訳と堀口大學訳とを

あれこれ

読みくらべ直したりしていたから

そんじゃあ

『地獄の季節』ふうに

書いたるかナ!

と

書いたった

絵画とか書くこととかでは

生まれつき

やけにマネがうまいので

小林秀雄訳ふうの

ランボーふう

なんざ

オチャノコサイサイだった

そんな借り物文体で

あろうことか!

詩への訣別を歌ってやったのだ!

まだ17歳だったが

ランボーは20歳で詩に訣別したから

ぼくのほうが

ちっとだけ早かったぜ!

といい気持ちだった

 

高木くんは

「瑞枝」という詩を書いた

春の木の枝先の芽がウンヌンというところへ

関わりを持ちたくても

持てなかった女の子を絡ませた

やけにメメシイ感じの詩で

軟弱とか

文弱ってことばは

こういうヤツのためにあるんだな

などと思ったが

―ふうん

とか

―繊細だね

とか

―やわらかいところを見ているんだね

とか

なんとか言って

褒めているような

誤魔化しているような

それとなく馬鹿にしているような

後年おおいに役立つことになる技術のエグゼルシスを

はじめて

やってみていた

 

どうみても

立原道造ぶった詩なのだが

道造してるよねえ!

なんて言ったら

傷つけちゃうかもしれないと思って

言わないでおいたものの

ひょっとして

道造してるよねえ!

なんて言ってやったほうが

高校生相手にはよかったかもなア

と思わないでもなかった

こっちだって高校生なのだが

なんだか高木くんは

若者の脆弱さをよく体現していて

ちょっと気を遣わないではおれないような

そんなところがあった

なんせ

華奢で

小さめで

ちょっと猫背で

髪の毛がちょっと薄くて

女の子ふうな感じの

すこし長い顔の

高木くん

だったから

 

続けてもよかったし

続けられもしたはずだが

おたがい毛色が違うと感じあったためか

雑誌はたった一号で終わり

それ以降

たがいの書き物を見せあったりさえしなくなり

それどころか

連絡もとらなければ

おたがいの消息もたがいに全く気にせず

卒業後もほとんど思い出しさえしなくなったが

詩

といえば

高木くんの

あの「瑞枝」だなア

とは

いまでも

よく思ったりする

 

髪の毛が

なァ

高校生にして

すでに

ちょっと薄かったからなァ

いまごろは

きっと

剥げちゃってるだろうかなァ

とは

思う

ものの

 

高木くんは

目が

きれいだった

 

その後の歳月

何人もの詩人たちに出会ったが

高木くんほど

きれいな目をした詩人に出会ったことは

一度もない