2026年3月7日土曜日

イラン アーリア人 ゾロアスター教

 

 

 

 

仏教思想史の梶山雄一が

『佛教の思想』のなかの「般若の思想」で

このように書いている

 

ゴータマ・ブッダが世に出たころ、インドの知識人、貴族たちは輪廻という地獄の啓示にさいなまれていた。もともと、ひとは死後ヤマの楽園へ昇天して永遠の快楽を享受する、という楽天的な死生観をもってインドに入ってきたアーリア人にとって、ひとは昇天した後もそこで再び死に、生と死を無限に繰り返すのだ、という新思想の発展は恐るべき衝撃であった。前六世紀ころにはこの思想はアーリア人の世界に定着し、およそ思想家、宗教家といわれる人々はまず第一にこの問題の解決に腐心しなければならなかった。ブッダと時を同じくして活躍した思想家の中には唯物論的あるいは快楽主義的な立場から輪廻の事実をやっきとなって否定した者たちもいるが、そのことは彼らにとってさえ輪廻が最大の関心事であったことを示すものにほかならない。しかも当時の多くの思想家はヨーガや苦行によって輪廻からの解放を模索しつづけた。王公や長者の子弟たちのなかにも、奢侈と享楽の無意味さを自覚し、それが引き起すであろう来世における自分の不幸に対する恐怖から逃れようとして、家族を棄てて出家し、遊行の沙門(シュラマナ)となり、禁欲、苦行、瞑想を事とする生活に入る者たちは多かった。シッダールタ(出家以前のブッダの名)もそうした一人であったのである。 *

 

シッダールタの時代の

輪廻の思想のありようや

これへの思想的対処は

ここでは擱いておく

 

注目したいのは

「インドに入ってきたアーリア人」

である

 

「アーリア人」という言葉については

ナチズムによる疑似科学的な歪んだ使用が

大きな悲劇をもたらす動力となったことが思い出され

耳にするだけで胡散臭い気になってしまうが

しかし

学問上は

中央アジアのステップ地帯から出て

インド亜大陸や

中央ヨーロッパや

中国西部まで

拡大した民族グループで

インド・ヨーロッパ語の大移動期である紀元前3000年代に

北方からイラン高原やインド亜大陸へ移住した

インド・ヨーロッパ語族集団を意味している

ここには

ナチズムによる偏向使用はない

 

そして

英語で「Aryan

ドイツ語で「Arier

サンスクリット語で「आर्य

ペルシア語で「ریا

とされるこの語の

複数形「Ayirānem」が「イラン」という国名の由来となったこと

に思い到ると

2026228日に

イスラエルとその属国アメリカ合衆国が開始したイラン攻撃が

「ユダヤ人」を僭称するシオニストによる

「アーリア人」への攻撃であった

という考えが意識内に現われてくるのに気づく

 

「アーリア人」という語と概念の問題圏に踏み入るのは

歴史学的にも言語学的にも

あまりに広範過ぎる知的問題圏に踏み入ることを意味するので

あわてて掻き集めた知識群による速断はできない

 

しかし

サンスクリット語インド文献において

「アーリア」が

ヴェーダ・サンスクリット語を話す者たちや

そこに関わる文化を共有する者たちの民族名であり

紀元前4世紀から5世紀頃には

エリート層や貴族を意味するようになったことや

古代イランのアヴェスター語においては

「高貴な」という意味を持つ「airya」を

アーリア人が自称として用いた

 

アヴェスターといえばゾロアスター教の聖典で

ツァラトゥストラの名でよく知られているザラスシュトラの言葉と

彼の死後に叙述された部分で構成されている

ヒンドゥー教とならぶ世界最古の宗教経典であり

それにもとづく最古の宗教体系である

 

イラン高原に住んでいた古代アーリア人は多神教だったが

ザラスシュトラがアフラ・マズダを信仰対象として

世界最古の啓示宗教として

紀元前1200年頃から紀元前7世紀頃に創設したのが

ゾロアスター教だった

善=光の象徴として火を尊ぶことから

拝火教とも言われる

その善悪二元論は地上を善悪の争いの場と見なすことになり

終末論や来世觀も

ユダヤ教やキリスト教や仏教に影響を与えた

とされるが

時代ごとの変遷を見ていこうとしてみると

そのように簡単にまとめて済ませられるものではない

 

ゾロアスター教における神界構造では

善神オフルマズド(アフラ・マズダ)と

悪神アフレマン(アンラ・マンユ)の対立が思い出されるが

この構造にしても

サーサーン朝初期から5世紀頃までのズルワーン主義の時代には

時間の神ズルワーンが中立的な最高神として想定されていて

この最高神の下でオフルマズドとアフレマンは戦っていた

 

これが

531年から579年まで在位したホスロー1世の頃には

最高神ズルワーンが排除され

かといってアフラ・マズダが最高神ともならずに

「最高神」という概念が排された構造となり

善神オフルマズドと悪神アフレマンの対立のみの二元論的宇宙観

の確立となり

これはユダヤ・キリスト教系の一神教構造に対する否定の拠点となった

 

ゾロアスター教神官団としては

この二元論教義によって

地上における確固とした悪の存在を説明できることになったとし

かつてズルワーンを置いていた時期の

悲観的世界観や人間観から脱して

物質界の肯定と楽観的終末論を唱えられるようになった

ともされるが

このあたりの宇宙論構造は

いかようにも解釈できる性質を持つので

再三見直そうとするべき問題圏と見なしたほうがいい

 

ともあれ

「アーリア人」からゾロアスター教まで視野に含めた上で

20262月や3月のイラン攻撃に戻ると

シオニストによって行われたイラン攻撃は

宇宙観や神界構造における戦争としての面を

浮き上がらせてくる

 

一元論から二元論へ変化していったゾロアスター教

ないしゾロアスター教的思考に対し

ユダヤ・キリスト教的一元論への回帰を強いる戦争であるとも

見えてくる

 

もっとも

現在のゾロアスター教徒の数は

イランで3万人から6万人であり

現実的な攻撃対象とするべきほどの脅威ではない

インドの75千人の信徒数や

パキスタンの2,500人から6,000人ほど

アゼルバイジャンやジョージアやイラクのごく少数人

イギリスの約5000人の信徒数

北米大陸の10000人ほど

オーストラリアの2500人ほどや

シンガポールや香港や日本やドイツのごく少数の信徒数などは

むろん考慮すべきものでもないだろう

 

 


 

*『佛教の思想 その原形をさぐる』(上山春平・梶山雄一編、中公新書、1974)、p.46




弥勒―無着―世親


 

 

 

縁起ということ、それをわたくしは空性と説く。

いかなる法も縁起でないものはない。

それゆえ、どんな法も空でないものはない。

   龍樹 (Nāgārjuna) 『空論』

 

 

 

 

 


最近アップしたYouTube動画のなかで

宇宙人から伝達を受けているという石井数俊は

宇宙の大きな知的エネルギー体からの教えが

「端末」である地上の複数の人間に伝達されることで

個々の受信者の個性や環境や偏見によって色付けられ歪められなが

「宗教」が形成されていくことを語っていた*

 

これを聞きながら

大乗仏教における唯識論の無着や世親の場合も

ひょっとしたら

同じことが起こっていたかもしれない

と思わされた

 

法相宗の伝承によれば

無着は唯識論を弥勒菩薩から教わったという

夜な夜な無着が兜率天に上って教わったともいうし

弥勒菩薩みずから無着の住むアヨーディヤーに降りてきて教えた

ともいわれる

 

弥勒菩薩とはもちろん

仏の入滅後五十六億七千万年の後に

この世に仏となって出現するべく

兜率天で修行中

ないしは説法中の仏界の第一プリンスであり

いっぽう

イメージ的に補正ないし補強しておけば

「無着」と中国語訳される人物はインド名ではアサンガAsaga

現在でいえば北インドの

パキスタン領となるペシャワールの人物で

「無着」という漢語がうっかり想像させるような中国人的な顔立ちとは

まるで違っていたはずである

今の日本のあちこちのコンビニで働いている

中近東の青年やパキスタンやバングラデシュの青年のような

あんな顔立ちの瑜伽行者であり哲学者であっただろう

 

弥勒菩薩から教わったとなれば

これは現代のスピリチュアル系が好んで信じたがる

宇宙的エネルギー知性体から伝達を受けたということになるが

唯識論の高度な非地上的議論を思えば

いかにもそれにふさわしいとも感じられるものの

無着に唯識論を伝授したのは現実の生身の人間であって

その名がたまたま天上の弥勒菩薩と同じ名の

弥勒(マイトレーヤーmaitreya)であった

という説もある

 

弥勒論師から無着に伝えられ

さらに無着から世親へと唯識論が伝えられていくという説を立てたのは

日本の宇井伯寿博士で

曹洞宗僧侶のこの人はインド哲学と仏教学の学者で

駒澤大学学長を務め

文化勲章受章者にして帝国学士院会員なので

いい加減な思いつきで

弥勒―無着―世親

の系譜を立てたわけではない

 

とはいえ

彼の後の時代には

チベットと中国における弥勒研究が進んで

伝承の食い違いもわかってきて

宇井伯寿博士の説も不確かなものに見られるようになり

むしろ

スピリチュアル系の宇宙知的エネルギー体からの伝授説にも

それなりの勝機が残されるようになってきている

 

無着から世親に唯識論が伝授されたのは

世親が無着の弟だったためで

「世間の身内、親戚」という意味あいの名を持つこの人物は

インド名ではヴァスバンドゥVasubandhuであり

やはりペシャワールの人だった

はじめは小乗仏教の教団で出家したが

はやいうちに大乗仏教へ転向した兄の無着に勧められて

みずからも大乗仏教へと転向している

 

 



 

 

*「銀河連合からのメッセージをお伝えします【石井数俊 宇宙 アセンション】」

https://www.youtube.com/watch?v=RhwWZIv9698&t=70s






ないものたち 遠いものたちのおかげで

  

 

 

広瀬川白く流れたり
時さればみな幻想は消えゆかん。
われの生涯(らいふ)を釣らんとして
過去の日川辺に糸をたれしが
ああかの幸福は遠きにすぎさり
ちひさき魚は眼にもとまらず。

萩原朔太郎 「広瀬川」

 

 

  


 

どこだったか

花屋の店頭でミモザを見かけたが

東京の街路では

めったに目にはできない

 

そうか

ミモザの季節だったか

花屋の前を通り過ぎながら

かろうじて

思い出させられる

ばかり

 

38日の「国際女性デー」は

「ミモザの日」とも呼ばれるらしいが

このあたりの情報は

わたしにはいつまでも外部情報の域に止まってしまっていて

イタリアでのように

男性が女性へ感謝の気持ちを込めてミモザを送る

ような近しい思いにまでは

なかなか育たない

 

そういえば

エリカの花期も

春の今ごろではなかったか

と思い

ちょっと調べると

たしかに春先ではあるものの

エリカ属には四季おりおりが花期のものもあるらしい

 

ミモザといい

エリカといい

日本にはなかった花の

異国趣味そのもののような名にあこがれて

美しき惑いの年を過ごした頃

自分のまわりに本当にはないものたち

あってもあまりに遠いものたちに

あれほどたくさん囲まれて

ないものたち

遠いものたちのおかげで

なんと豊かに

こころ潤って愉しく

わたしは生きたことだったか!







2026年3月5日木曜日

ダフネの香り

 

 

 

おおかた

梅の花も終わったというのに

まだまだ満開で

桜か?

と思わせられるほど

白く

みごとに花々をつけている梅もあって

芳香

馥郁として

立ち止まらせられる

 

そんな梅に

ゆくりなく出会い

香りを愉しんで

しばらく行ってみると

べつの香りが漂っていて

あたりを見ると

低木の花々が並んでいた

 

クチナシか?

と一瞬思ったが

季節が違うし

花も異なっているので

ああ

あれだ

と名前を思い出そうとしながら

忘れる

というより

音や文字が記憶の出口ですこし混乱して

ジンチョウゲ

という名の浮かんでくるまで

すこし

時間がかかった

 

この

ジンチョウゲ

という名

さて

どんなものだろう?

 

ずっと思ってきたが

どこか爺むさい

埃じみた

古色蒼然たる響きで

漢字表記の「沈丁花」を見ても

あまりこの花に

ふさわしくもない感じがする

 

沈香の香りに似ている

とか

そこに丁子(クローブ)の香りが混ざったような

とか

そんなところから作られた

日本人お得意の短縮語や略語で

今の世のスマホや

パソコンや

タイパや

サブスクや

ソシャゲや

エンタメや

ファミレスなどなどと

作りはおなじ

 

よほど中国名の

瑞香

七里香

千里香

などのほうが

すてきに響くが

Daphne odora (ダフネの香り)という学名が

ギリシャ神話のニンフの

ダフネに

ちなんでいるのも

すてき

 

ダフネといえば

月桂樹を意味するが

これには

かなしいような

こっけいなような

ギリシャ神話の話が絡まる

 

芸能や芸術の神で

光明の神

羊飼いの守護神

遠矢の神

疫病の神にして治療の神

さらには預言の神であるアポロンに

弓矢で遊んでいたところをバカにされたエロスは

ひとを恋するようになる金の矢で

アポロンを

恋してくるひとをうとむようになる鉛の矢で

ダフネを射た

 

最悪最強のストーカーよろしく

ダフネを追いまわし続けるアポロンは

とうとうペーネイオス河までダフネを追いつめたが

ダフネは父である河の神に懇願し

姿を月桂樹に変えてもらった

 

アポロンの嘆きは

はなはだしく

せめて私の聖樹になっておくれ

とダフネに頼み

以後はダフネへの永遠の愛のあかしとして

その樹の葉で月桂冠を作って

ずっと

かぶることにしたのだそうな

 

もしダフネが

あのジンチョウゲの香りを発していたのなら

アポロンならずとも

ダフネを追いまわす恋ぐるいに

だれであれ

なってしまったかもしれないと

想像を遊ばせながら

ジンチョウゲの咲きならぶ春の小道を

ことさらに歩調を落して

ゆっくりと行くのも

すこし薄寒さの残る頃の

春の愉しみ

 

 




2026年3月4日水曜日

水溜りのなかを歩く

 

 

 

降った雨がところどころ溜まっている

雨はまだ降っている

都会の歩道を歩いている

夜の暗くなった歩道を

 

水溜まりのなかを歩く

深くない水溜まりなので心配はない

避けていくことはできるが

子どものようにわざと踏み込んでいく

子どものようにばしゃばしゃさせはしない

しずかに水溜まりのなかに靴を落とす

しずかに雨の溜まりのなかを進む

都会の歩道の雨溜まりのなかを行く

都会の歩道の雨溜まりでなければこうはしないだろうと考える

郊外のうら寂しい歩道の水溜りや

田舎の舗装道路の水溜りなら

足を踏み入れたりしないだろうと考える

 

水溜まりと雨溜まりは違うだろう

都会の歩道のであっても雨溜まりでなければ

どんな水の溜まりかわからないものには踏み込まないだろう

おなじ水溜まりでもこれだけの差別を明瞭に持ちながら

水溜まりのなかへ靴を進めていく

 

しずかに水溜まりのなかに靴を落とす

しずかに雨の溜まりのなかを進む

都会の歩道の雨溜まりのなかを行く

水溜まりのなかを歩いていく

水溜まりのなかを歩く






小鈴の集まったようにアセビは咲いて

 

 

 

梅の花がだんだん褪せていく頃

でも

まだ桜が咲かない頃

もう寒くはない雨のなか

小鈴の集まったようにアセビは咲いて

すこし色を増して

みずみずしく濡れていた

 

もうすこし鮮やかな色だったら

とか

かたちのくっきりした花柄だったら

とか

思いもするが

雨に濡れたアセビは

やわらかげで

親しげで

桜が咲くまでのあいだを

なにか

やさしいものを

やわらかいものを

ひかえめに

支えていこうとするように

ほのかに

赤らいでいた