セントルイス
あすの朝いちばんの
列車でいくのがいい
ひとのまばらなホームで
去っていく街を眠い目で
ぼんやりと眺めるのがいい
どこも同じだぜとボブはいったが
ようするにぼくはさ
あさのホームで眠い目で
去っていく街や空の朝焼けを
ぼんやりと眺めるのがいいわけ
シャモニー
ことばに青い閃光があって
街はすこし寒いくらいでいい
小川のながれのゆたかさと
よみがえるようなはげしさ
山のおもてにあかむらさきに
太陽のことづけは燃えて
ぽつぽつと燈るあれらの灯
はじまるものがいつもある
つめたい夜気も闇の深さも
慎みぶかい合図だったか
モロッコ
ひかりを蔵した夜空を
モロッコには残してきた
白い街は夜も白く
女たちの長いまつげに
よく月がかかっている
金も銀もここでは
金に銀にみえる
妄執はたましいを養い
妄語はつぎつぎ
砂漠の餌になりゆく
カンボジア
カンボジアの森に死んだ頃の
からだもいまでは土になったか
とおいむかし王であったぼくは
雨のなか妃を身ごもらせて
わかいたましいを持て余した
気晴らしに下人の首を切ったり
その妻の腹を裂いたり
ひどい王だったがだれもかれも
いまではぼくと土になったか
あつい雨のした七色のすてきな
トカゲに這いまわられていれば
生きたこともよかったのだ
死んだこともよかったのだ
ヴァラナシ
がりがりに痩せるのも
粋なものよ
ガンジス河にも
浮きやすくなるしさ
アカプルコ
アカプルコで自転車が錆びて
魚市場にいくのにも難儀したよ
外国船の入港にも遅れそうで
ほとんど手で押すばっかりでね
それでも空のうつくしいこと!
生まれかわるならぜったいに空だと
しっかり決めて引き金をひいたよ
ベルリン
こころにも肌のやみにも
森そよぐきみのからだを
八月の木々おもくよどむ
ベルリンの空よりの目と
ゲルマンの神話の果ての
金泥の髪と賜りわが戻る
あたたかく白きこの原初
ものの世のかくも聖なる
はだとはだ溶かす聖なる
会遇は双樹の梢吹き渡る
ゼピュロスの善き謀り事
フロラへもこの森そよぐ
ベルリンの恋とつたえよ
日本
日本人に生まれたことがあって
濃い夏のみどりとか
梅雨のころの紫陽花とか
路地を駆けていく下駄の音とか
いいものだった
むだに生きたようでも
夏のあさがおの赤やむらさき
いくつもいくつも見られて
いいものだった
鈴虫も西瓜もすすきも
いいものだった
はじまり
旅のおわりには
こころの澱に残る街を
詩に書いて
おわり
旅のおわりさえ
おわり
絵はがきも買わない
忘れものも取りにいかない
覚えちがいも正さない
はじまり
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