2012年9月10日月曜日

大きなホテル跡のロビーで



大きなホテル跡を譲り受けたが
ほとんどは壊れている
頑丈に造られた一階のロビーだけ
しっかり残っている

だれも来ない
だれも知らない

ぼくだって
よく来るわけではない

どうしてだっただろう
きょう来たのは

よくわからない

夕暮れの明るさも
もう衰え
いつのまにか
きょうの終わり
が染み上がってきている

ロビーの端ステレオは
壊れていない
掛ければ
ロビーのむこうまで
柔らかく響く音

さっきまで
リニー・ロスネスの弾く
グッドバイが
響いていた

つぎは
デューク・ピアソンの
アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユーか
フィニアス・ニューボーンJrの
フォー・オール・ウィ・ノウあたり?
ちょっと
ズィーズ・フーリッシュ・スィングスも
聞きたくなっている
ジェーン・バーキンが
ジミー・ロールズとデュエットしたのもいいけれど
エディ・ヒギンズが
シンプルに弾いているものなんかも
いい

ステレオのところまで行って
曲を選んで
押してくる

そうして
ロビーの端まで戻って
壊れた窓から
夜の
海の黒を見ながら
聴く

かつてのエントランスから出て
かつての庭に
足をさまよわせながら
聴く

どの曲も
そう長くは続かず
終わる

恋のように
再生の望みのように
全への
やさしさへの
歩み直しのように

終わった後は
しばらくそのまま

つぎの曲を
すぐに掛けに行ったりはしない
終わったものの余韻を
そのまま心として

そうして
だれもいないロビーに
響いていた曲を
なんどか思い出す

思い出してみている

生のように

生の
ただなかに
あって


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