雪のなかにいて思い出すことはない
思い出してよいことはいっぱい
思い出したくないことは皆無
目の前の雪をただ見る
という思いの向け方とは戦い続けている
たとえば私が雪という…
と
マラルメのように*
言葉をまるく
まるく
舌の上で転がし続ける
雪はわたしを見たか…
雪のほうはわたしを見たか…
しかたなしに
行きついていく
問い
見ることを
わたくししようとし過ぎていなかったか
やわらかい
放棄?
たとえば
それによって
ようやく開く戸…
冬扇…
そうだ、扇を
この雪あらしのさなか
夏を置き去りにしたあの部屋まで
まずは
取りに戻ろうか…
*cf. マラルメ『詩の危機』。
「たとえば私が、花! と言う。すると、 私のその声がいかなる輪郭をもそこへ追放する忘却状態とは別のと ころで、〔声を聴く各自によって〕 認知されるしかじかの花々とは別の何ものかとして、〔現実の〕 あらゆる花束の中には存在しない花、気持の良い、 観念そのものである花が、音楽的に立ち昇るのである…」
(マラルメ全集Ⅱ、筑摩書房、2010)
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