2014年7月12日土曜日

大慈悲聖母さま




行きがかり上たった一度しか(それも数分)会ったことのない
佐藤さん
その死に際の話を
遅ればせに聞く
台風が南に来ていて関東も風雨に晒されたり
急に雨も風も止んだり
またザッと降ったりをくり返す平日の午後に
東京の田舎世田谷の軽薄な店の終結している下北沢で
下北沢で

胃ガンと診断されたが佐藤さん
まだ初期ですから手術で全治しますと言われ
心配もしていなかったそうだが
手術にむけて詳しく調べ直したら全身の骨にすでに転移していた
頭蓋骨にまでも転移していた
それでも痛くもなんともなかったのは
ガンが神経に触れないで広がっていったからだそうだが
野良猫の世話や去勢手術や避妊手術に精を出していて
お店に10もある猫のゲージはいつも一杯だったが
そんな活動をしていたから地元の猫友たちがいて
その人たちが治療や入院やに付き合ったらしい

治療の甲斐もなく6か月後に亡くなったが
さあ
大変だったのは
ふたりの息子もひとり娘も
治療中からなにもしなかったが
亡くなってもなにもしないまま
すぐ脇に住むマンション大家[月収80万円]の次男に
猫友が連絡し
死亡にかかわる手続きや支払いをしなければ
と伝えてもどこふく風
タクシーに乗せて
母の遺体のある病院まで行く途中も
次男(38歳)はゲーム機を両手で持ちながらゲームに夢中
病院に着いても
廊下でも霊安室でもゲーム機に熱中したまま
すこししたら病院にいるのが飽きたらしく
後は適当にやっておいてください
と言い残して
ゲーム機見続けながらタクシーでまた帰って行った
長男夫婦も病院に来たものの
母の遺体を確認すると
私たち今日も明日もとっても忙しいものですから
仲がよかった地元の皆さんで後はやっておいてください
また後で連絡ください
と言い残して
これも消滅
ひとり娘は遠方にいるので
来れません
どうぞよろしく

結局
猫友たちが火葬し
葬儀はなしで済ませ
遺骨は次男に玄関先で手渡すところまでしたものの
後はどうだか
どうなったか
まったくわからず
次男からも長男夫婦からもひとり娘からも
なんの知らせも来ず
挨拶もお礼も来ず
それっきりで
もう1年が経つそうな

佐藤さん晩年の家族的悲劇と
言えば言えるが
夫を5年前にやはり同じガンで失った佐藤さんは
食事つくりも家事も生涯いい加減で
夫にはコンビニの弁当しか出さなかったという
もちろん自分もコンビニ弁当を買ってきて食べるだけで
人工合成添加物のかたまりのコンビニ食
それを10年20年と食べ続けてきたのだから
ガンのひとつやふたつになるのも当然
今までもったのがむしろ不思議

そのうえ彼女は
毎日会って仲のよい知り合いのことも
どうやら疑り続けてきていて
あの人はああいう性質だからダメだとか
あの人はああ見えてやっぱりダメだとか
ひょっとした時には
そんな話を洩らしていたとか
もちろん
誰に世話になったとか
誰とは仲がいいとか
子供たちにもまったく言わず
病気になってから親身に世話をした猫友たちのことも
子供たちにはまったく伝えていなかった

大事だったのは
じぶんが世話する猫たちばかり
猫の側から言わせれば
きっと
大慈悲聖母さま
きっと
どころか疑いなく
紛うかたなき
聖母さま




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