2015年2月28日土曜日

こうしてぼくらは静かに穏やかに暮し続けた

  


きみと住むことになった家には玄関がなく
畳の六畳間の両開きの戸から出入りした
戸のむこうには1メートルほどの敷石があったが
すぐに道路に繋がっていた
道路への出口には低い柱がふたつ
門のように立っていたが門扉はなかった
すぐにまたげる低い柵が両側に伸びていた

六畳間の中央には低い本棚をいくつか置き
背をつけて左右から合わせてあった
ほんの少ししか本は持っていなかったが
どれも複雑に織られた物語や思弁の分厚い本で
ぼくらには十分すぎる財産だった
きみとぼくはそれらを再三読み直し続け
無数の箇所についてお互いの発見を語りあった

ときどきは本棚のところに
小さなテレビでも置こうかと思ったり
小さな椅子を据えて近所の子どもに座らせ
実際はだれも来ないというのに
客を応接させようかと夢想したりした
思いめぐらせながらもそんなことはどれもせずに
この世になどいないかのように暮し続けた

ある晩六畳間に小さな卓を出して食べていると
外に車が止まって騒がしくなった
乱暴なしゃべり方をする若者たちが
車になにか運び込んだり乗り降りしたりしている
家の前でやってもらいたくないねと話すうち
うるさいなァときみは声を大きくして言ったが
聞こえたら危ないかもとすこし思う

しばらくして車は走り去ったが
関連があるのかないのか
急にふたりの若い男が六畳間に入り込んできた
最近あちこちで暴行事件を起こしている連中だろうか
彼らの大まかなつくりの顔とザンバラな髪型を見ながら
どこの家でも全員を惨殺しているとのニュースを思い出した
と思う間もなくひとりがすぐにきみを蹴り倒した

もうひとりはこちらに襲いかかり
ぼくは近くにあった短い棒を取って応戦しようとしたが
すぐに奪い取られそうになる
奪い取られる瞬間のほんの短い間を使って
どうかわして自分ときみを守るかを考え
武道の型のように相手の膝を払ってバランスを崩し
指を両目に差し入れながら相手の上半身を落す

倒れた相手の目に当てた指をそのまま押して目を潰し
畳に転がった棒を取り直しながら
きみを押さえている相手にかかっていって口に捻じ込む
歯を砕き喉の奥を陥没させてさらに脳まで潰そうと
できるかぎりの力を入れて押し込む
相手の腕や脚が痙攣してきたのを潮に
目を潰したほうの男の眼窩に箸を突きさせときみに叫ぶ

転がっていた箸をすぐに取ってきみは突き刺し
さらに眼窩の中で箸先を掻きまわし形勢を逆転する
箸のなかなかの効用を見てとったぼくも
畳の上に転がっていた別の箸を取ると
棒を口に入れたほうの男の両耳に箸を一気に刺し入れる
暴力を振るってきた男たちが苦悶するのは楽しい
蟹の味噌を掻きとるように箸先でかりかり脳を弄る

襲撃してきた者は人間とは見なさないし
いたぶり続けても殺しても煮ても焼いてもよい
旨くないけど珍味だよねと言いながらきみとぼくは
連中のかなりの肉を少しずつ食べ続け
傷んできたらまわりの公園の茂みや野山に捨てに行った
頭蓋骨はひっくり返して小物入れにしてみていたが
やがて六畳間の戸口の上に並べて飾りとした

大腿骨はちょっと手をかけて磨き上げ
次のふいの襲撃があった時のために骨端に金属板を捲き
四本の手ごろな武器を作り上げた
次の獲物に突き刺すために肋骨もきれいに磨き上げた
その他の骨もきれいに洗って乾かすと
何かの役に立ちそうなちょっとした牌になった
人体には捨てるものナシと格言ふうに言葉を交わしあった

こうしてぼくらは静かに穏やかに暮し続けた
その後もときどきは襲撃があり八〇人近くを屠殺し
肉は毎度食べ続けたが嵩張る骨はぜんぶを保存するわけにもいかず
ある港にボートを繋留するようにして沖によく捨てに行った
しかしそんな必要もだんだんなくなっていった
戸外では人殺しはごく当たり前の時代にいつの間にかなり
殺されたばかりの死体も腐乱死体も骨も街に散乱するようになった

それでもきみと住んだ玄関のない家に一歩入れば
ぼくらは静かに穏やかに居続けることができた
居間の六畳間の戸から1メートルほどむこうには
すぐに道路があって暴力沙汰や殺人が吹き荒んでいたが
しょせんこの世では人は安らぐことのできない定め
家の中に踏み入ってくる狼藉者だけはしっかりと処理しながら
この世ではありえないことなど決して夢見ずに暮らし続けた




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