2015年3月18日水曜日

その場かぎりのもの 移り変わっていくものを




その場かぎりのもの
移り変わっていくものを
見たり
聞いたり
触れたりするのに
あゝ
忙しい

むかし
ロートレアモンという詩人がいて
ふつうの人では
読み通す根気が続かなくなるような
長い有名な散文詩を書いて
若くして死んだが
「ものは過ぎ去る
「じぶんは法則を求める
などと言っていて
どうも
それがポリシーらしかった

一見もっともらしいし
本質をとらえた格言めいてもいるが
あゝ
若かったんだな
今のぼくには思える
いろいろな
意味あいで

ぼくの思うとおりに言わせてもらえば
法則
モデル
パターン
そんなものは下らない
求める必要もない
それらは絶対にあるのだし
それらにもとづいてすべてが出来上がり
変容し
壊れ
移っていく
そんなこと
わかりきっている
だからこそそんなものを
追い求める必要はない
そんなものを追い求める衝動や意欲だって
すでに
それらのうちに組み込まれている
なのに
それでも追い求めるというのは
ようするに
権力がほしいということ
法則
モデル
パターン
それらの秘密を手中に入れて
いろいろなものを
操作したいということ

ロートレアモンより長生きしているぼくは
その場かぎりのもの
移り変わっていくもの
個別のもの
唯一のもの
再現されえないもの
いかなるパターンをも逸れるもの
誰とも共有できないもの
価値観さえ誰とも分かちあえないもの
そんなものだけを
見たり
聞いたり
触れたりする対象に決めた

ぼくにしか
見ず
見えず
聞かず
聞こえず
触れず
触れえず
この瞬間ここにしかあり得ないもの

価値というのは
法則やモデルやパターンのふるいを通した尺度だから
この瞬間ここにしかあり得ないものは
万人の価値とはなりえない
そんな性質のもの
他の人たちには
価値とはなりえない
たとえばさっきぼくが居眠りしていて見た
虹色の翅で
からだはすっかり透きとおった蝶が
荒波の中をすいすいとダイビングして
ひょいと水から上がって
すてきな美しい顔で微笑みながら
差し出してくれた機械じかけのやわらかい大宇宙という
ほわほわしたデザートがいかに美味しかったか
そんなものは
万人の価値とはなりえない

そんなものを
見たり
聞いたり
触れたりするのに
あゝ
忙しい
忙しい




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