2015年5月29日金曜日

おじさん以上おじいさん未満&おばさん


  仲良きことは美しき哉
             武者小路実篤

  

もうちょっとのところだったが
電車に間に合わなかったので
ホームに降りずに
通路や広場のある改札フロアーにいることにした
木のベンチがあるので
そこに座ってサンドイッチでも食べて待とうと思った
次の電車はまだ15分ほど来ないから

席ふたつ分を領して
黒い服のおじさんが横になっている
その脇が空いていたので
ぼくはそこに座った

おじさんの黒い服は喪服で
ヨボヨボになんかなっていないちゃんとした上下
葬式でもあって東京に出てきて
気分が悪くなったのだろうか
靴をはいたまま
足を折って横になっている
おじさんとここには書いてみたものの
年齢的にはおじさんとおじいさんの間らしい
このところ暑かったからな
こんなせわしないところに遠くから出てくると
疲れるからな

しばらくすると
洋装の喪服を着たおばさんが来て
おじさんorおじいさん
というか
おじさん以上おじいさん未満
というか
寝ている喪服さんに近づいた
このおばさんもじつはずいぶん歳なので
おばさんorおばあさん
おばさん以上おばあさん未満
という感じだが
女性だから若めにここではおばさんと呼んでおく

おばさんは買ってきたプリンと
カフェオレだか
なんとかラテみたいなのを
おじさん以上おじいさん未満のわきに置き
ストローを挿してラテみたいなのを
おじさんorおじいさんに飲ませ
次にプリンの蓋を開けて
プラスチックのスプーンですくって
おじさん以上おじいさん未満に食べさせはじめた
プリンがガラス容器に入っていたので
おや
けっこう上等なのを買ってきたな
おいしいやつかな
と思わされた
おばさんはなんどかスプーンでプリンを口に運び
おじさんorおじいさんに食べさせ続けている

疲れちゃったから糖分補給をしてやったのか
それとも血糖値が急降下する体質なのか
けっこう手慣れているので
ときどきおじさん以上おじいさん未満に起こる症状なのだろう
おばさんはまったく動じた様子もない

しゃがんで
おじさんorおじいさんに食べさせている時
おばさんは背をピンと伸ばして
おじさんorおじいさんのほうにまっすぐ向いて
横たわっている顔をまっすぐ見つめて
スプーンを運び続けていた
横になったまま食べているから
おじさん以上おじいさん未満の口のわきから
ときどきプリンが落ちる
ベンチ落ちたプリンをティッシュで拭き
おばさんはまたプリンを口に運んでやる
そんな様子を見ているうち
おばさんがずいぶんきれいな顔の人なのに気づいた
白髪の髪を後ろで束ねてポニーテールにしているので
顔の輪郭がよくわかる
もう歳ではあるが
若い時にはきれいな人だったろうと思う
そういう人が
ちょっと微笑みを浮かべながら
おじさん以上おじいさん未満にプリンを食べさせている

ある程度の分量を食べさせると
プリンとなんとかラテみたいなのを
おばさんは袋に仕舞いはじめた
仕舞い終わってしまうと
さあ
という感じで
おばさんは両手を伸ばし
おじさん以上おじいさん未満の手をとって
引き上げるようにした
するとなんだか奇跡のように
おじさん以上おじいさん未満は軽々と起き上がり
横たわっていたのがウソのように
人びとが行き交う駅のなかに立ち上がった

おばさんは上着やズボンの皺を直してやり
ちょっとよろよろするおじさん以上おじいさんの片手を握って
ちょっと導くように歩き出し
―おやぁ、大丈夫なんだな
とぼくが見ている間に
ゆっくりと
ふたり仲よく
なんだか楽しげに
手をつないでむこうのほうへ
何番線だかのほうへ
人込みのなかにぐんぐんまぎれ込んで
歩いて行ってしまった

愛しあってるんだね

おじさん以上おじいさん未満が
ふらふらしたのが理由ではあるけれど
手をつないで
ふたり
大きな駅の雑踏のなかを行くのが
楽しいんだね

聞こえもしないのに
ふたりの背に
言ってやりたいように思った

なんだか
おみごとな
もんだよなぁ
おばさんの動じなさや
おじさん以上おじいさん未満の
自然な受けとめぶりに
ぼくは
しばらく
感心させられていた


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