…此処だけは、
谷の向う側はあんなにも風がざわめいてゐるといふのに、
本当に静かだこと。
掘辰雄 『風立ちぬ』
死んだ友について書いた自分の文を
時たま読み返しながら…
病中から亡くなった後まで
私あれほどのかなりの負担がかかったとはいうものの
それでも
住居や最低限の物品
生きているかぎり続く数々の手続きなどの渦のなかで
彼女は可能なかぎり
軽く生きていたことは確かだった…
…そう確認し直す
逝きかたも
鮮やかなまでにさっぱりしていたと
確認し直す…
その死後
私は自分の多忙な生活のかたわら
彼女の住居を借り続けたまゝ
10か月もかけてひとりで家財や遺品の整理をし
諸手続きをこつこつと終わらしていき
当時は疲労困憊し切っていたものだったが
…それでも
ひとりの人が重病に見舞われて亡くなっていく場合としては
かなりシンプルなものだった
と
やはり言えまいか…
だれであれ
かりに自分がいま急死したとしたら
死の時まで保持せざるをえない自分の住居や
その中を埋めている厖大な物品
記念写真や思い出品の数々
銀行から不動産
クレジットカードや携帯電話の契約に到るまで
すべてを
だれが
自らの生活時間を削りながら
どのように動いて
ひとつひとつ処理し
整理し
売却し
廃棄し
解約し
ゼロに戻してくれるか
想像してみれば
ひとりの人の死というものがどれほど大変なことか
どれほど物質的なものか
すぐにわかる
死に伴うそういう事態において
伴う作業において
あゝ彼女の場合はまだ
なんと軽いほうだったか
と
確認し直している…
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