2016年12月15日木曜日

藤森



藤森、という表札が掛かっているので、
そのあたりを、
藤森
と呼ぶようになっていた。

藤の木は、ない。

そのあたり、と言っても、ごく小さな一角で、
車が一台通れる程度の、
細い舗装路のわきの、さらに細い、
土の路地……………

表札が掛かってはいても、すぐに家の入口があるわけではない。
入口は土の路地の奥にあるらしく、
人ひとりが、
両脇の家の壁や、木の繁りに身を擦らせながら、
入っていける程度の細い道が、暗く、続いて行っている……

森は、ない。

なぜか、そのあたり、藤森のあたりを通る時には、
きまって夕暮れか、夜で、
近くの街灯の明かりで、入口の舗石ぐらいは見えるものの、
少し入ったところは、もう、なにも判然とは見えず、
たゞ、闇の濃淡で、遠近が感じられる。
路地の右側には、家の板壁、左側には、椿か、柾のずいぶん伸びたもの、
その間の細い暇を、
かなり奥まで、濃淡のある闇が、通っている…

たゞ、それだけの場所で、
他人の家の敷地内に入って行くようだから、
踏み込みはしないで、
藤森、
藤森、
藤森に来た、
藤森、
などと、
通り過ぎながら、思い、
まるで、
人生のある時期のメルクマールになるような、
名所、
ででもあるかのように、
藤森、
藤森、
と、思いが、湧いては、
ひととき、
小さな風景と同化するに任せて、
思いが、この風景を吸い取るがまゝにさせ、
たぶん、
こちらの肉に、こちらの生身の闇に、
藤森が加わっていくのを、
泌みるものの、ように、
麻痺の、繊細な、いっぱいの枯枝の広がりの、ように、
持ち堪えて、来て、
いる、……

藤の木は、ない。
森は、ない。

藤森、………



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