駿河昌樹 詩抄
気ままな詩選を自分の愉しみのために。制作年代も意図も問わず、まちまちに。
2016年12月30日金曜日
大いなる現われ
だれも
いないことが
じつは
最も大いなる存在の顕現
どこでもよい
だれもいなくなった時に
それは
現われ出す
あらゆる人が
ひとりとなるべきは
この大いなる現われに
居合わせるため
時間の流れを鍵として
異様な力の漲っていたはずの
森の奥の秘密の場所を再訪した人が
其処から力が失われてしまっていると感じ
がっかりしたとレポートしていた
その人が撮った何枚もの写真を
ゆっくり見ているうち
あゝこれは時間差を鍵としたな
とわかった
訪れる人間が増え注目が集まったので
精霊たちは去ったわけではないが
人間たちが来る時間には力の扉に鍵をかけ
洩れないよう感知されないようにした
それが写真からもありありと感じられた
場所自体になんら変化は起こっていないが
時間の流れを鍵として見えない錠がかけられる
こういうやり方を精霊たちはよく行うのだ
たどっていく永遠の毎日
旅によってだけ
活力は蘇ってくる
すべてが旅で
たとえばキルケゴールは
幼い頃に父と
家の中を旅した
むかし
いっぱい愛人がいた頃
あたしはあちこち
街のホテルに泊まるのが嬉しかった
家から
30
分も離れていない
よく知った街のラブホに泊まって
朝まで愛人Aと寝ていると
ずいぶん遠出したように感じた
ラブホの薄暗い部屋で
時間の経っていくのを感じながら
力がまた溜まってくるのを
体じゅうに覚えていた
だって旅だったのだから
家から30分離れるだけで
嬉しくってたまらなかったから
朝の出勤の流れとは逆に
家に帰って行く時
また新しいことが始まる気がして
嬉しくってたまらない
家に帰ったら黄金のひとりで
小さな一間にキッチン
トイレと風呂だけの
物も少ない住まいだけど
それがまた新たなホテルに見えて
そうよ、どんなホテルに行っても
どんなに広くたって豪華だって
なにひとつ持っては来れないもの
まるで去る時のこの世みたいに
まるで別れる時の愛人の心のように
人ひとり使い切れる広さなんて
ある時間の中ではわずかなもの
最期は直径30センチほどの骨壺
狭く小さなこの家だって
十分過ぎるくらい豪華
天から与えられたあたしの体が
十分過ぎるくらい大きいように
そうしてちょっとお茶を飲んで
あたしは出勤していく
ぜんぜんダレたりなんかしないで
ちゃんとテキパキ働く
夜は今度はべつの街に向かって
愛人Bとレストランやバー
それからお決まりのホテルへ
後は昨日と同じで朝まで
またまた活力漲ってくるまで
愛人はJやKまでたいてい居たけれど
あたしにとって大事なのは
毎日違うところに行くこと
誰も彼もそのための契機だった
毎日かならず朝帰りだけど
毎晩しっかりホテルで寝てくるから
ぜんぜんダレたりなんかしないで
ちゃんとテキパキ働く
むかしむかしいっぱい
旅の契機の愛人がいた頃のこと
いまは直径30センチほどの骨壺に
体のよすがを寄せまとめて入れて
さらに軽々と旅する毎日
見えない道を見えない街々へ
たどっていく永遠の毎日
たとえば心が
たとえば
心が
じぶんという小さな閉域の中に押し込められているなんて
思い込み過ぎないほうがいい
心は窓かもしれない
一度も閉じられたことのない
まるで
イタリアの奥地の古城の
ガラス戸の嵌まっていない石造りの
長方形の大きな穴のような
そう思い直すだけで
すべては変わり出すかもしれない
イメージたちは
思いの中で居場所を変え
呼吸の仕方を変えて
心だって
窓から
巨大な広場に
たちまち
変わるかもしれない
まだ出会ってさえいない 彼らさえ まだ生まれておらず
真実はすべてのなかにある。そして
物ごとの本質は、同時に隠れたり
あらわれたりしながら、物ごとの
外観(うわべ)にひそんでいる。
ジョージ・マクドナルド 『リリス』
おしまいということで
スマップの古い歌が流れていた
ほうぼうで
あちこちで
ながく続いたグループなのに
ちゃんと見たことが
ほとんどなかったから
じつは知らない歌ばかり
はじめて聞いた歌ばかり
でも
夜空ノムコウ
とか
世界にひとつだけの花
とか
そういうのは知っていて
いい歌だと思っていた
スマップとほとんど
関わらなかったぼくでさえ
これらの歌には
いろいろな
光景がまとわりついている
ほんとうに苦しいことばかりで
予想だにしない珍事や
裏切られることや
落胆させられることばかりで
数年後はどうなるか
まったく希望を持てないで
生きていた頃
[
1
]
♪あれからぼくたちは
♪なにかを信じてこれたかなぁ…
というのを聞いて
うまく言ってくれるよなぁ
と思った
ぼくの場合は
あくまで「ぼくは」で
「ぼくたちは」じゃないけれどなぁ
「なにかを信じてこれたかなぁ」じゃなくて
なにも信じられなくなった後を
生きるともなく
生きてきただけだったけれどなぁ
とは思いながら
そんなあの頃でさえ
今からみれば
なにか恩寵のような温かみに包まれてみえる
まだまだ若かったし
次々と出来事が押し寄せてきて
エネルギーもあった
[
2
]
なにかに守られている感じもあった
そんな中で
孤独っぷりを自分に演じる余裕もあったし
なにも信じられなくなった崩壊感覚も
たっぷり引き摺ることもできた
まるで
心の中ばかりは
遅れてきたロマン派として
なにを感じるにも
するにも
大げさなロマン派の滑稽な末裔として
「ぼくたちは」などと
一度として言えない
ひっそりとした生だったし
「なにかを信じてこれたかなぁ」じゃなくて
なにも信じられなくなった後を
生きるともなく
蔭から蔭と
[
3
]
音もなく擦り抜けながら
日蔭のカマドウマのような
羽もない虫として
声も出さずに
かつかつ
生き延びてきただけだったけれど
♪あのころの未来に
♪ぼくらは立っているのかなぁ
いま
こう聴き直しながら
そうだろうなぁ
あのころの未来に
立っているのだろうなぁ
と思う
なにも信じられなくなった後を
一度も
本当のことなど
発言もせず
文字に記したこともなしに
たゞ嘘八百ばかり書き散らして
[
4
]
かつかつ
生き延びてきただけだったけれど
そうだろうなぁ
あのころの未来に
立っているのだろうなぁ
一度も
本当に生きたとは言えない未来
たゞ排斥され
妨害され
邪魔され
黙らされ
流されてきただけで
[
5
]
肉体的に死なないできたというだけの
屈辱的な長い長い時間の経過の後の
[
6
]
未来
立っているといえば
立っている
しかし
一度も立ったことなどないだろうと言われれば
そう
一度として
立ったことなどなかった空虚な時間の後の
まるで
敗戦後の日本が幇間として
戦勝国のケツの穴や泥靴をぺろぺろ舐め続けてきたように
自分
であったことなど一度もなかった
ほゞ過ぎ去り終って
二度と宇宙的に取り戻しようもない
大文字の
時間
の後の
未来
ま、そう呼ぶことを
ノーテンキに選び続ける愚かしさに
安住し続けられるというのなら
[
7
]
だが…
…そう、ぼくはまだ
存在の子宮から出てさえいない
それどころか、
受精さえしていない
ぼくの
真の父
や
真の母
は
まだ
出会ってさえいない
彼らさえ
まだ
生まれておらず
彼らを創るはずの精子と卵子さえ
まだ遭遇しあってはいない
[
8
]
[
1
]
聖徳太子「世間虚仮 唯仏是真」
[
2
]
葛原妙子「
青き實の憂愁匂ふうつくしき壮年にしてめとらざりにき」。
[
3
]
ニーチェ『悦ばしき知識』「
おまえがおまえ自身を生きることができるためには、
隠れて生きよ!
おまえの時代に最も重大な問題であると考えられているものを知ら
ずに生きよ!おまえと今日という時代のあいだに、
少なくとも三世紀の皮膜を張れ」。
[
4
]
三島由紀夫『音楽』「言葉は何も証明しないからである」。
[
5
]
空海「三界の狂人は狂せることを知らず。
四生の盲者は盲なることを識らず。
生れ生れ生れ生れて生の始めに暗く、
死に死に死に死んで死の終わりに冥し」。
[
6
]
村上龍『
KYOKO
』「
途中でギブアップした人間にだけわかることがある。だが、
その人間には発言権がない」。
[
7
]
『アラビアのロレンス』中のファイサル王子の発言。「
平和は老人のように醜い。あるのは、駆け引きと腹のさぐり合い」
。
[
8
]
塚本邦雄『魔王』跋「まさに怪・力・
亂・
神を謳ふべき季の到來」。
2016年12月29日木曜日
陽のあたる場所と 蔭になったところと
photograph by Masaki SURUGA
陽のあたる場所と
蔭になったところと
このくっきりした
和合のさまは
神の
偶然の
はたまた
自然の
どういう配慮で
見せて
もらえることに
なった
ものだろう
あらゆる光景は
いつも
そこにあるものでは
ない
どんな光景も
むしろ
もう二度と
どこにも
ありえないものでしか
ない
それを
いま
見ているということ
それを
毎瞬
毎瞬
どこかで
どこでも
見ているということ
人生の歳末
歳末の大掃除だの
なんだのと
晩秋から言葉は飛び交うわけだが
歳末っていう意識が
そもそも
こちとらにはないもんだから
べつに
大掃除しようとか
なにかをとりまとめようとか
そんな気には
まぁったく
なんないんだね
世間がなんとなく
ざわざわ
騒々しくなってくるから
ちょっと合わせて
忙しいふりもするけど
べつに
なにかの終わりだとか
けじめだとか
ぜんぜん
思わないんだね
そんなことは
歳末っていうのは
けれど
人生の終末
そうは思い続けてきている
人生の歳末には
積り積った
モノの片付けや
心の中の
思いの中の
記憶の中の
あれこれをみんな
総ざらいして
ぜんぶ棄てっちまわないと
*
ろくに死ねもしない
そんな気がする
ぜんぶ棄てっちまうのさ
*
まるで
家にまるごと火ぃ付けっちまうように
*
望んだこと
願ったこと
思ったこと
計画したこと
実現したこと
叶わなかったこと
どれもみぃんな
棄てっちまうのさ
*
そんな人生の歳末は
ひたひた
そそそそ
早足で
忍び足で
みぃんなに近づいてきている
大災害で流されたり
埋もれたりして
ひょいといなくなっちまったら
*
ホントは
どんなに楽だろうって
誰もが思うような
人生の歳末
ひたひた
そそそそ
早足で
忍び足で
みぃんなに近づいてきている
*
母方の祖母の福島なまりを使ってみている。
いそいそ せわせわ
年の暮れ
商店街をゆくと
いそいそ
せわせわ
忙しく
落ち着きなく
しなきゃあ
いけないような
気持ちに
なってくる
いそいそ
せわせわ
忙しく
してないからこその
商店街歩き
なのに
いそいそ
せわせわ
いつもの通りなのに
なんだか
物見遊山気分で
いそいそ
せわせわ
これはこれ
楽しいもんさ
いそいそ
せわせわ
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