2017年10月20日金曜日

古風だなぁ、と彼に言って



あってほしいものがないかと言えば
そういうわけでもないな
と思う

なくてもいいものはいっぱいあるわけだと
思いたくはなるが
そこまで言うほどのことでもないのではないか

なくてもいいと断じてみるのも
どこか逃げのようなもので
つまりは
気分的にさっぱりしてしまいたくなっているというわけか

ものの世にあって
ものを持ち堪えられなくなっているのかと
堪え性の足りなさをちょっと感じてみたりもするのだが
雨のちょっと小止みになった夜更け
うっすら
うっすら
薄闇の反省をしてみている

あゝ むかし一時期
よく通った或る居酒屋のような店に
ひさしぶりに行ってのんびりしたいと思うが
もうあんな店は
なかなか見つからなくなってしまった
特にうまい酒というのでもなく
料理がよかったわけでもなかったが
手洗いに向かう廊下が広くて
やけに暗いのがよく
すこし酔ってきたりして歩いていると
いつの時代の
どこにいるのだったか
ふとわからなくなるぐあいが
最高なのだった

もう8年以上にもなるか
その店のビルの前にたまたま出て
最上階にあった店を見上げてみると
店はなくなっていて
そればかりか窓には板が打ちつけられて閉ざされ
これほどまでに店はすっかり消滅してしまったのかと
とほうもなく遠いものを見せつけられたような気になって
遊びたりなかったか、あの店で
遊びたりないで終わっていく人生は淋しいものよのう
と芝居じみた台詞が口からも洩れ
まるで自分の口でもないかのように
だれか気心の知れた他人と同道していたかのように
用もないのに
繁華な歓楽街の入口に近い
小さな旨い喫茶店へと
コーヒーではなく
小さなエスプレッソだけを一杯引っかけに
足はひとりでに向かい出していた

その喫茶店さえ
二三年ほど前
ちょっと前を通りかかった時に
建物ごと消えて更地になっているのを見た
歓楽街のちゃちな風俗店の兄さんが
どうですか、今ならいい子が…と
雛あられかなにかのような言葉をぽちぽち吹きつけながら
誘ってきた

古風だなぁ
と彼に言って
居ても立ってもいられないくらい
急にフローベールの『感情教育』が読み直したくなって
足早にメトロのほうへと方向を変えた



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