2017年12月3日日曜日

うつくしい女の子が、生まれる

[2000年4月作  2017年12月再構成]


幸福の、貯蓄、というものがあるだろうか、
あるとするなら、それが、空になるのを、わたくしは生きた。

つらい言葉を、くらがりに投げよう。
空になるのを生きた、他のひとにも届くように。
空のひとは、慰撫を、もう、好まないから。
死の時、生のうたは、むなしい。
死を抜けての生の、うた、なら、響くだろう、か。

他の生の貯蓄があるのか、
安楽に、ゆたかに、生きるひとびとを、わたくしは見た。
爪に火を灯すようにしても金の溜まらぬひとびとと、
笊に水を流すように金を使ってもなお豊かなひとびとを、見た。
春の風に乗って、宿命が行くのを見た。
富と、病と、美と、苦悶と、安楽と、無為と、
それらを運んでいく神の手を見た。

この生をゆたかに生きたひとの来世が、
極貧となるのを、わたくしは見た。
美の化身のようであったひとが、象の顔を持って生まれ、
さらに、戦火のなかに身を焼かれる様を、わたくしは見た。
ちから強い足腰にめぐまれた踊り子が、
幼くして足を車に立ち切られるであろう様を、わたくしは見た。
病もなく、長寿を保ち得たひとが、
来世、母の胎にありながら病毒に冒される様を、わたくしは見た。
空洞を生きなかったことから、
来世、空洞を生かされるひとびとの群れを、わたくしは見た。

得ていたものはすべて奪われ、
得ていたものを、守ろう、とする、手や、腕までも、
失われる様を、わたくしは見た。
振り子は戻り、かならず逆へと向かうのを、わたくしは見た。
海は山となり、名声は忘却へと振るのを、わたくしは見た。
子をもうけた者は、やがて孫までも奪われ、
平和は子孫の戦乱によって報いられるだろう様を、わたくしは見た。


うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。
なにもかもが、あかるくなる。
と、貧しい家の老婆が、旅ゆくわたくしに言った。
そのときが、わたくしの悟りの、最後の石段。

うつくしい女の子とは、だれですか?
と、わたくしは老婆に問うた。
うつくしい女の子は、
おまえさんの、空っぽのこころの、底の、
ほら、その、空になりえないもの。
ね、
それ。

それ。

うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。
なにもかもが、あかるくなる。

そう、歌うように。
これから。


それだけを、しながら、旅終わる、生、を
逝く、
ように、と。

老婆、女の子、…………


うつくしい女の子が、生まれる。
うつくしい女の子は、春のようだ。
なにもかもが、あかるくなる。

なにもかもが、あかるくなる。



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