2018年3月28日水曜日

またもや新たに

 
なにを思おうと
言おうと
ありきたりの
あたり前のことばかりを
思うほかなく
言うほかなく
うんざりしてしまう
情けなくなってしまう

たとえば
わたくしは今
なんとモノに溢れかえった中にいてしまっているのだろう
と慨嘆しようとしているのだが

モノとはもちろん
いつか誰か他人が拵えたものであり
その場合は
そのモノを拵えた人が
じぶんの想念にあわせてモノを構成していったのであり

となれば
モノに囲まれているということは
拵えた人の想念に囲まれているということであり

もちろん
想念がそのままスムーズに物質化されたわけではなかろうから
スムーズにいかなかった部分もたくさんモノには含まれ
事故や不満や不完全さや
よきものとしての偶然さえもが
モノには溶け込んでしまっているはずで

そればかりか
ちょっと古いモノの場合は
たいていは
拵えた人たちは死んでしまっていたりもするので
ようするに
死者たちの想念に取り巻かれているということになり
図書館のたくさんの本が
死者たちの墓碑であるように
わたくしは
あまりといえばあまりにもたくさんの
墓碑の中に埋もれて
埋もれたまま
じぶんは生きている
などと
漠然と思いながら
わたくしを
続けていることになるのだが…

このようなことも
ありきたりの
あたり前のこと

死者たちの想念に取り巻かれ
それらに埋もれて
生きている
などと
思うほかなく
言うほかないことに

またもや新たに
うんざりしてしまう
情けなくなってしまう

またもや新たに

またもや新たに



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