2018年5月5日土曜日

述懐

  どんな人間にも、必ず最優先事項がある。
  そして、たいていの人間は、最優先事項を放棄することが最優先事項になっている。
  放棄された、その人間の中で残骸になっている最優先事項を発見できれば、
  その人間の全体を掴むことができる。
  村上龍『ストレンジ・デイズ』


自慢できることなど
もとよりひとつとてないが
卑下してばかりというのも
やはり空気を苦く味気なくする
名もなきまゝ地上を通過する私にも
なにか良いところはなかったか
他の人にはあまりないような
恵まれたところはなかったか
と初夏のつかの間
戯れに思い直してみれば
ひとつでも多くの他人の思想に
また感情に喜怒哀楽に
そして極力多くの情報に
多様なものの見方というものにも
法則や習俗や地方色にも
あたうかぎりわが小さな意識の扉を開こうと
こころがけ続け得たのは
これはせめてもの長所というべきか
おかげで意識はいつも支離滅裂
どんな考えにも主義にも価値にも固執しないから
たえず位置を変え続けの内面の様相が
どんな時も精神の根底を揺るがし続けてきた
ついになにひとつにも固着できずに
成し遂げたこともひとつもなく
できれば素粒子論の先端研究や
宇宙論のやはり最先端研究に
人生時間のすべてを注ぎたかったし
そうでなければ考古学の発掘人か
原野に住む植物学や博物学の追求者
セルボーン博物誌のようなものを
こつこつとつまびらかに書いて
同好の士とたまに集って歓談する
そんな人生を送りたかったものだが
今となってはそれも全きまぼろし
それらの領野のどれかひとつに身を置けば
見ることも聞くこともできなかったであろう
あまりに多くの大小のことを今生では
じかに見聞きできたことをわが生涯の宝として
以後の余生はもう迫りつつある地球と人類の滅亡を
こころ湖水のごとく静まって眺めていくばかりと
すでに思いだけは安らかに定まっている



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