2018年8月5日日曜日

スプーンで冷たいプレーンヨーグルトを口に運びながら


    Every day is a new day.
    It is better to be lucky.
    But I would rather be exact.
    Then when luck comes you are ready.
                Hemingway 《The Old Man and the Sea》



もう深夜だが
気温は何度ぐらいになっているのだろう?
明日はさらに暑さが募ると予報が出ているが
いまは夜風もすこしあり
ベランダに出るのも心地よい
黄色みがかった静かな美しい半月が出ている
暦によれば月齢二十二の月のはず

やるべきことがあって起きているのだが
こんなせっかくの良夜
ベランダに出てみないという手はない
エアコンもつけていないので
窓は夕方から開け放ったまゝで
戸外と室内の差もないようなものだが
それでも薄いカーテンは引いてあるので
室内に居続けるのとベランダに出てみるのとでは
まるっきり違った雰囲気になる

安手のドラマなどではこんな時に
なにかのカクテルを登場人物は片手に持って
氷をからから鳴らせたりしながら
都会のビル群の夜景を眺めたりする
実際にぼくの眼の前にもビル群は見えていて
丸の内のビル群も赤坂六本木のビル群も
もちろんあかりの灯った東京タワーも見えている
毎日毎晩見ている景色ですっかり慣れてしまっているが
見飽きることがないというのはそれはそれで面白い
深夜になっても靖国神社の大鳥居は
周囲のオレンジ色の照明を受けて浮かび上がっている
飛行機やヘリコプターに知らせるためだろうか
都心のあちこちのたくさんのビルはどれも
屋上にそれぞれ赤い点滅灯をともしているので
ぽつぽつと灯り続けるあかりはたいへんな数になり
まるで深夜の暗い上空でなにかの漁が行われているようだ

人と歓談する時以外はアルコールを口にするのが嫌いなので
こんなせっかくの深夜にベランダで
カクテルやコニャックを啜るのには気が進まない
けれどもなんとなく口に入れたい気もするので
ヨーグルトをすこし食べてみようかという気になった
落しても割れない耐熱ボウルがいっぱいあるので
手のひらに乗るぐらいの大きさの真っ白なボウルを出し
そこに大匙4杯ぐらいの量のプレーンヨーグルトを出す
冷蔵庫から出したばかりなのでボウル伝いに手のひらが冷える
それを片手に乗せてベランダに出てみる

もう数時間で東の空が明けてくるこんな頃
スプーンで冷たいプレーンヨーグルトを口に運びながら
なんだか皆に忘れられて孤独に立っている東京タワーや
夜がどんなに更けても賑やかに点滅灯をチカチカさせている
丸の内や赤坂や六本木のビル群を眺めている人
他にいますかぁ?いるかぃ?…なんて思ったりするが
もちろん呟いたりはしないしいるわけもないと思う
東京タワーやビル群を眺めている人たちはいるかもしれないが
プレーンヨーグルトをスプーンで口に運びながら
二十二夜の月の下で猛暑続きの東京の深夜の
ちょっと心地いい夜のひとときを佇んでいる人なんて
やっぱりいないだろうなと思いながら静かにうきうきしてくる
ヨーグルトはもう少しで食べ終わりそうだし
空腹なわけでもないからさらに追加しようとも思わないので
ちょっと手頃なジェラートを楽しんだようなぐあいに
ゆっくりスプーンを舐めているのだけれど
プレーンヨーグルトをベランダで食べることにしたのって
結局よかったなあと思い
ちょっとオリジナルだったよなあとも思い
たったひとりの忘れがたい体験になったなあとも思っているところ
いま



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