2019年2月15日金曜日

愛知県名古屋市守山区矢田川沿いのアパート [場所1]


  
玄関から入ると右にトイレ
左に小さな風呂

廊下を進めば奥に一部屋の居間
右に折れれば台所

小さな子供ベッドは居間の前の廊下に置かれている

コンクリート製(一部はモルタル製?)アパートの二階

玄関前の通路は三輪車で行き来できる幅がある

通路からは隣りの平屋の小さな工場が見下ろせる
中国人だか朝鮮人だかがいつもいっぱい働いている
方々で湯気が上っている
三輪車を止めてはよく見降ろす
働いている人たちはすぐ近くにいるのに
誰も上を見上げないで動き続けている

一階に下りて川の方へ進むとコンクリート建材工場が広がる
いろいろな大きさの土管や側溝の蓋が並んでいる
工場の女の子と土管に入っておまま事をしたり
雑草でお茶を淹れたりした

矢田川の川べりには背の高い草が茂っている
たぶん、葦、蔓葦、荻、芒、西蕃蜀黍…
葉には各種の黄金虫や天道虫がいる

水辺のほうは泥地で
それでも靴をなるべく汚さぬようにしながら踏み込んでいく
泥地でも地面の固いところと柔らかいところがあり
固いところを靴先で探しながら辿って行く
子供はこうしながら自然から半自然から人工物から学ぶ

泥地にはよく犬猫の死骸がある
野良犬がまだふつうにいた頃
野良猫もあたり前だった頃
死期を悟った犬たちや猫たちは自分から此処に来て死んだのか
それとも人が川べりに投げ捨てに来たのか

どこにでも落ちていた適当な長さの棒を拾い
死骸を突っついて
毛皮を持ち上げて肋骨の洞を掻きまわしたり
頭蓋骨を青空の元にひっくり返したりする
蛆のたくさん湧いているところ
そうでないところ
ひとつの死骸でも部位によって虫たちの好みが顕わになる

おが屑を空缶に入れてきて
ここから蛆をいっぱい拾って行けば
鮒や鯉や
名前のわからない小さな魚が
きっとまた
いっぱい釣れる!
そう思うと嬉しくなる
犬猫の死骸も次の遊びのための資材をふんだんに提供してくれる
蛆はうごめく白米
魚たちにはきっとそう見える

アパートの居間の窓からは
大きな駐車場が見える
炎天下にそこを突っ切って向こうの壁まで行くのは
カラタチや山椒の木があるから
そこにいっぱい小さな宇宙人のようなアゲハの幼虫がいて
本当に宇宙人だと思っていたので
石を投げて潰すのが子供ながらに使命だと思っていた
おゝ、神よ! 
地球を守ろうとしてこの子が殺戮したたくさんの幼虫たちの霊を
どうぞ、慈しみ
天に受け入れられんことを!
イエスの言われたごとく「父よ。彼らをお赦しください。
彼ら何をしているのか自分でわからないのです。」*

そのゴルゴダの駐車場の見下ろせる居間には
窓を背に白黒テレビがあって
日々「ジャングルおじさん」だの「三匹のこぶた」だのを映していたが
ある日アメリカという外国の白い建物がずっと映され
これはどこ?と聞くとほわいとはうすというところだと言われ
テレビから流れてくる声を聞き続けていると
けねでぃーだいとーりょー
という人が殺されたのだと子供ながらにもわかった
けねでぃーだいとーりょーはどんな人なのかと聞くと
えらい人でかっこいい人だと言われ
えらくてかっこいいけねでぃーだいとーりょーのイメージが
子供の心にこの時に染み込んでいった

殺されたとか死んだという表現がくり返されたので
川べりの犬猫の死骸や
石の下で体液を飛び散らせるアゲハの幼虫の死骸と
けねでぃーだいとーりょーが
心のなかで結びついていくことになったが
たぶん
大げさに考えすぎるべきことではない
南ベトナムでは僧侶の抗議焼身自殺が相次いでいたし
ジェム大統領はサイゴンの装甲兵士輸送車内で射殺されたりしていたし
独立の戦いの続くアフリカでも中東でも
人はアゲハの幼虫たちのようにあたり前に次々殺され続け
死骸は矢田川の川べりの泥地の犬猫たちのように
肋骨の洞や頭蓋骨の奥を青空にぽっかりと覗かせて
地球はなにごともなく廻り続けていた


 *ルカによる福音書2333-34




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