その息の臭えこと。
口からむんと蒸れる、
金子 光晴「おっとせい」
世間や一般や…
まぁ
いろいろな言い方があるが
ようするに
第二次世界大戦中に
「欲しがりません勝つまでは」とか
「贅沢は敵だ」とか
「月月火水木金金」とか
「鬼畜米英」とか
「「八紘一宇」とか
「挙国一致」とか
「堅忍持久」とか
自粛と
右へ倣えと
お上への従順とを
細胞の隅々にまで浸透させようとしてくる
ゾンビたちの臭ぇ吐息から
ほんのわずかながらも
こちらの肺胞をどう守るか
これが
この群島では
大むかしからの生きのびの条件
まぁ
がたがた言わずに
あらたな文字配列など下手に企てずに
光晴センセの「おっとせい」を読み直しておこう
これ一編が日本語に写し取られただけでも
日本語には詩というものがあった!
という
はっきりした証明になるから
「おっとせい」 金子 光晴
一.
その息の臭えこと。
口からむんと蒸れる、
そのせなかがぬれて、はか穴のふちのようにぬらぬらしてること。
虚無(ニヒル)をおぼえるほどいやらしい、
おお、憂愁よ。
そのからだの土嚢のような
つづぐろいおもさ。かったるさ。
いん気な弾力。
かなしいゴム。
そのこころのおもひあがっていること。
凡庸なこと。
菊面(あばた)。
おほきな陰嚢(ふぐり)。
鼻先があおくなるほどなまぐさい、やつらの群衆におされつつ、
おいらは、反対の方向をおもってゐた。
やつらがむらがる雲のように横行し
もみあふ街が、おいらには、
ふるぼけた映画(フィルム)で見る
アラスカのやうに淋しかった。
二.
そいつら。俗衆といふやつら。
ヴォルテールを国外に追ひ、フーゴー・
やつらなのだ。
嚔(くさめ)をするやつ。髯のあひだから歯くそをとばすやつ。
おしながされた海に、霙のような陽がふり灌いだ。
やつらの見上げるそらの無限にそうていつも、金網(かなあみ)が
…………けふはやつらの婚姻の祝ひ。
きのうはやつらの旗日だった。
ひねもす、ぬかるみのなかで、砕冰船が氷をたたくのをきいた。
のべつにおじぎをしたり、ひれとひれとをすりあはせ、
たがひの体温でぬくめあふ、
三.
おお。やつらは、どいつも、こいつも、まよなかの街よりくらい、
みだりがはしい尾をひらいてよちよちと、
やつらは氷上を匍ひまわり、
…………文学などを語りあった。
うらがなしい暮色よ。
凍傷(しもやけ)にただれた落日の掛軸よ!
だんだら縞のながい影を曳き、みわたすかぎり頭をそろへて、
侮蔑しきったそぶりで、
ただひとり、
反対をむいてすましてるやつ。
おいら。
おっとせいのきらひなおっとせい。
だが、やっぱりおっとせいはおっとせいで
ただ
「むこうむきになってる
おっとせい。」
(詩集『鮫』より)
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