2021年1月6日水曜日

げっぷをしたりオナラしたりしている

  

これが私の故里だ
さやかに風も吹いている

中原中也「帰郷」

 

 


ひさしぶりに故郷を訪れてみると

きみの唯一の係累である両親は

きみがまったく興味を持てない安直なドラマを見て

柿ピーを食べたり笑ったり涙を流したりしている

げっぷをしたりオナラしたりしている

 

おいしかった記憶のあるカフェに出かけてみると

きみがむかし恋に落ちたことのある女性が

甘い大きなケーキを手づかみして食べながら

ニタニタ笑いを浮かべてゴシップ雑誌を読んでいる

げっぷをしたりオナラしたりしている

 

うまい料理を出すレストランに行くと

同級生だった秀才が「おお!」と挨拶してくれるが

いまではでっぷりと出た彼の腹の上には

淫猥な箇所大写しのポルノ雑誌のページが大開きされていて

げっぷをしたりオナラしたりしている

 

給油しようと車で立ち寄ったガソリンスタンドは

セルフサービスなので自分で入れていると

間近のオフィスで若い女の子を後ろから羽交い締めにして

中年の禿げた店主がどうやら挿入しながらこちらをちらちら眺め

げっぷをしたりオナラしたりしている

 

介護施設にむかし世話になった先生を訪ねに行ってみると

ずいぶん老いてもう寝たっきりになっていて

なにを話してもあまりわからなくなっているようで

老人くさい匂いや黴の匂いや消毒の匂いばかりがする中で

げっぷをしたりオナラしたりしている

 

やさしかった祖父母や幼くて死んだ妹や

仲がよかったのにふいに死んだ友人数名の墓参りのために

町のはずれのみどり豊かな墓地を訪れてみると

そよ風の中だれひとりいないというのに墓石たちまでもが

げっぷをしたりオナラしたりしている





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