2021年5月21日金曜日

神讃

 

福州大中寺の老僧に神讃という弟子がいて

修行に出たがなにも得ずに帰ってきた

ともに修行に出た他の弟子たちは

おのおの詩文や経論を学んで帰ってきた

そのため老僧は神讃を蔑み

以後は下男のように扱うことになった

 

老僧が窓の下で経を読んでいた時

窓から蜂が出ようとして

障子紙に身をぶつけ続けている

しかしその部屋は大きく

他の場所では戸が開け放たれていた

「部屋のあちこちが開いていて

「外に自由に出られるというのに

「むこうへ飛んでいって出ようとせずに

「いつまでも障子紙を破って出ようと

「ムダな努力ばかり続けていますな

そう神讃は言って詩を作った

「空門肯て出でず

「窓に投ずる

「大いに癡なり

「百年故紙を鑽るも

「何の日にか出頭の時あらむ

もしや神讃偉い僧にでも会ってきたか

と老僧が問うてみると

百丈和尚の下で修行して悟達したと

神讃ははじめて語った

老僧は心から恥じて神讃に教えを乞い

はじめて禅の深奥に触れた*

 

 

*神讃録による



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