2021年5月6日木曜日

エレベーターをテーマにしながら一連四行で書きつつ一連ごとの文の区切り付けにはこだわらないようにすることのエチュード

 

 

必要があって住むようになった今の住居は

たまたま高層階にあるので

外に行くにはなにをするにも

エレベーターでの乗降が欠かせない

 

建物に住む際には一階びいきで

ずっと一階やせいぜい三階に住んできた私には

はじめこれがもどかしく面倒で

ホールで待つのがつらくて堪らなかった

 

他の住人といっしょに箱に乗るのも大嫌いで

人が待っていたりすると踵を返して

ウイルス騒ぎなどはじまる前から

進んでソーシャル・ディスタンスを取ってきた

 

それでも慣れるということはあるもので

エレベーターが最上階から下りてくる場合にさえ

到着するのを待つのは苦ではなくなった

他の住人たちと乗りあわせるのは今も嫌だが

 

それでも無愛想な顔をして耐えられるようになった

このあいだのある夜も遅くなってから

わずかな買い物に出て帰ってきて

たったひとりでエレベーターに乗ることがあった

 

さいわいなことに他の住人は現われず

あの金属製の非情な箱に乗って上昇していった

箱の中は汚くはないが薄汚れも目に入る壁に囲まれていて

長く乗っていたら人間性が剥がれ落ちていくような

 

人間にふさわしいとはいえない異様な空間である

エレベーターから降りる時のことだった

「○○な時間を生きる」といった表現がよくなされるが

あれは全く間違っていると強く気づいた

 

時間を生きるのでなどなく

時間は私によって生きられるようなものではなく

時間が私を生きているのだ

時間こそがたまたまこの私ともなって

 

私を生きるかのようなことをしてみているのだ

あまりに強くはっきりとそう気づいた

気づいてみればいろいろなことがはっきりと

わかってくるようなあまりに遅すぎた認識だったが





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