2021年7月14日水曜日

ひどいものだった

 

できてから一年以上経って

『男はつらいよ・お帰りなさい 寅さん』というのを見たが

ひどいものだった

 

寅さんシリーズは全部見てきているのでそこそこ面白かったし

寅さんシリーズをたくさん作った山田洋次には敬意を持っているし

あゝ素晴らしかったと思いたかったのだが

ひどいものだった

 

映画というものは

事前になんの予備知識もない異国のふつうの観客に対して

たゞそのフィルム一本だけで説得力を持てなければならない

『男はつらいよ・お帰りなさい 寅さん』は寅さんシリーズに依存していて

寅さんシリーズを見ていない異国の観客には

なんの説得力も持ち得ない

ひどいものだったと言いたくなる理由はその点に尽きる

生まれてはじめて山田洋次のものを見る観客に

『男はつらいよ・お帰りなさい 寅さん』は親切にドアを開かない

一本の映画というのはどこの国のどんな観客に対してであれ

推理小説と同じく鑑賞と楽しみのためのあらゆる鍵を提示しないといけない

基本中のそうした基本をないがしろにしたという点で

ひどいものだった

と言わざるを得ない

 

さまざまな部分に隠しようもなく見られる時代錯誤は

監督がご老体なのだからしかたがないと思ってしまうものの

106歳で死んだポルトガルの監督マノエル・ド・オリヴェイラが

あのように最後まで健闘し続け

いま90歳のジャン=リュック・ゴダールが

まだまだ何をやらかすかわからない期待を世界に抱かせているのだから

周囲が妙に敷居を下げて理解してやってしまうのも逆に失礼だろう

妻を亡くしている諏訪満男と娘の諏訪ユリの間に交わされる会話が

小津安二郎『晩春』のテーマに奇妙に接近してしまうというか

あまりに安易な引用というかオマージュめいたものになってしまうのも

なんだか哀しくなるような監督の想像力の老化を思わせるし

最後に近いところで寅さんのマドンナたちの古い映像を

次々と連続して出してくる手法は映画をろくに見ない連中は騙せて

あまりに恥も外聞もないトルナトーレの『ニュー・シネマ・パラダイス』の

映画史上屈指のあのモノクロ映画時代のキス場面の連射の下手な模倣である

そもそも自作の過去作品から大量の引用をしながら一作を仕上げる手法は

映画ファンなら忘れもしないドワネル物の最後を飾る1979年の

トリュフォーの『逃げ去る恋』(L'Amour en fuite)のそれで

一見安易な手法を採ったかと見えた『逃げ去る恋』が映画的創造を

もう一歩グイと推進した名作になったのが鮮烈に思い出されてしま

 

ひどいものだった

とどうしても言う他ないのはそうした点を思わざるを得ないからで

後藤久美子のどうしようもない大根役者ぶりや

なんといってもあの棒読みセリフっぷりにしっかりと厳しい演技指導をして

この映画の空気に違和感ないように一女優を溶けこませる義務を怠った

どう見ても監督業失格といわざるを得ない点については

ことの他うるさいことを言い加えようとは思わない





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