2021年7月25日日曜日

あそこで


 

ずいぶん遠いので

めったには行けない

 

かつてホテルだったという

その廃屋の

けっこう奥の廊下に

とても美しい壁画があって

いちど

たったいちどだけど

ちょっと好きだった女の子に

連れて行かれた

 

中近東の美術史を研究している子で

美的な感性が

ちょっと変わっていた

 

たしかに美しい壁画で

それに

ところどころ

剥げかかっていて

よけいに美しく見えた

暑い日で

汗を拭き拭き眺めた

 

女の子はその壁画の前で

見る見るうちに男の子に変わり

それがまた

美しい男の子で

ぼくは抱きしめたくなって

ほんとに抱きしめて

キスしてしまった

 

風とせせらぎのような眼差しを残して

彼は壁画の中に収ってしまい

絵の中の男の子になってしまった

この子がぼくを呼び寄せたのか?

そう訝ったが

ならばどうして

女の子の姿でぼくを連れてきたのか

そこがわからなかった

 

いまもわからないままだ

 

かつてホテルだったという

その廃屋

ずいぶん遠いので

めったには行けないが

もし

もういちど

ひとりで行ってみたとしたならば

きっと

さめざめと

ぼくは泣いてしまう

 

絵の中に

居続けている男の子を見ながら

どこでもやらないように

だれの前でもやらないように

きっと

さめざめと

ぼくは泣いてしまう

 

けっこう奥の廊下の

とても美しい壁画の前で

いちど

たったいちどだけど

ちょっと好きだった女の子に

連れて行かれた

あそこで





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