悟りとはなにか
そんなこと
世俗のふりをしながら
悟りの道だけを歩んできた者には
どうでもいい
本人が悟ったか
悟っていないか
それは
本人だけが知っていることで
本人は本人にウソをつけないし
ウソをつく必要もないので
悟りとはなにか
などと
問い直す必要もない
さっき
夜の暗い道路を行く一台のタクシーがあり
タクシーはタクシーとして
道路をただスーッと走っていった
音もなく行ったのではなく
自動車がふつう立てる音をさせて
むこうへ走っていった
もうしばらく行くと
町の中華屋の裏口から店員が出てきて
なにかの野菜の段ボール箱に
今日の分のゴミを入れたものを
道路の端に置いた
箱の端からビニールが少し出ていて
もう少しきれいに入れたらいいのに
と思った
これらの光景が
私そのもので
私の体そのものに感じ
私はふいに激しい幸福を感じた
その時
悟り
という言葉を思い出したが
そんな言葉はまったく不用だと
すぐに思った
夜のタクシーも
中華屋が出すゴミも
私だ
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