2022年12月14日水曜日

成功をもっとも甘美に思うのは



 

眠りながら

そろそろ起きないとな…

と考えている

 

サリンジャーの小説では

戦争が描かれていなかったはずだな

夢のなかで

考えが進んでいた

 

といっても

彼の作品群を読んだのは

大学生の頃だったから

うろおぼえだ

一段落さえ

彼が戦争を描いていないとは

今のじぶんの記憶では

断言はできない

 

だが

ほとんど戦争を描いていないのは

サリンジャーの文学の特色で

そこが論考の対象にも

たしか

なっていたはずだ…

 

なおも

眠りながら

小津安二郎のことも

考えた

 

中国大陸の前線で

毒ガス部隊の班長として戦った

小津安二郎が

戦後につくった映画の中で

一切戦争を描かなかったことは

サリンジャーが戦争を書かなかったこととは

繋がるだろうな

繋げて考えるべきだろうな

まだ

眠りの水の打ち寄せの

水際で

考えていた

 

小津安二郎は

津の第33歩兵連隊に入隊した際

毒ガス兵器を扱う特殊教育を

受けている

 

戦争を描かなかった

というのは

戦争に触れなかった

というのとは

まったく

違う

 

漢字を記録文字として輸入し

そこから

カタカナやひらがなも

創り出して

自国の記録文字とした日本文化が

中国文化となんの縁もない

などと嘯く愚を

ちょっと

思い出したりする

 

中国文化や歴史に触れなくても

日本での

日本語での言説は

つねに

中国に触れ続けている

中国文化を通ることでのみ

日本文化は

地上での

あらゆる情報を受けとめ

あらゆる認識を行なう

 

小津は

南京大虐殺のあった(ト言ワレル)

1212日や13日の後

1220日に

南京に近い安徽省に入城している

その後

漢口作戦や南昌作戦に従軍し

修水の渡河作戦では

毒ガス兵器を使用している

 

そろそろ起きないとな…

と考えながら

まだ

眠りの

浅い滞留に

さまざまな深度の意識を

束に

とりまとめもせず

浸っている

 

「作家は戦争体験をしなければ

いい作品は書けない」

と考える

アーウィン・ショーは

「戦争に行かなかった作家は

かわいそうだ」と

1945217日の

サタデイ・レヴューの評論で書いた

サリンジャーはこれに反論し

同紙に手紙を送り

「戦争小説」と

「戦争についての小説」の違いを

衝いた*

 

それを詳しく読んでいないので

そのあたりの経緯を

ぼくは

まだ掴み切れていない

 

しかし

サリンジャーが

文学的意見を述べたのは

生涯にたった一度

その時

だけだった

らしい

ので

サリンジャー読解のためには

きわめて重要な手紙

ということに

なる

 

まったくの無名だったサリンジャーの

その手紙は

サタデイ・レヴューの

読者投稿欄に掲載され

「小説家がかわいそうなのは

唯一彼が書かないでいる時だけだ」

という

彼の文も

印刷文字として

刻印されることになった

 

戦場のことを書かず

戦争体験を書かなかったサリンジャーは

実生活では

ノルマンディー上陸作戦で

4師団第12歩兵部隊に属した経験を持つ

 

この師団は

連合軍のヨーロッパ戦史の中では

特別な位置づけを与えられて

見られる

ノルマンディー上陸作戦から始まって

その後の対ナチスの主要な戦闘である

シェルブール戦

サン・ロー戦

ヒュルトゲンの森の戦い

バジル戦

などのすべてに参加し

死傷者数は生存兵数を上まわり

最後は

ダッハウ強制収容所に到って

山積みになった人骨の中を

痩せ衰えた幽霊のような囚人たちが

彷徨っている光景にも

逢着

そこで

4師団は

対ナチス戦の任務を終えた

 

サリンジャーは

この第4師団の戦歴のすべてに

兵として

歯車として

ぴったりと組み込まれて

歴戦し続け

55日にヨーロッパ戦線が終わって後

712日に帰国した

 

『ライ麦畑でつかまえて』の中で

ホールデンの弟アーリーが

兄のD.B.

「軍隊にいるのは

作家にとってはいろいろ知れて

いいんじゃない?」

と言う

その話の流れで

D.B.

南北戦争の時代

アーマストの実家に

ほとんど閉じこもり続けた

あのエミリ・ディキンスンこそ

優れた「戦争詩人」だ

と言う

 

エミリ・ディキンスンの詩

「成功がもっとも甘美に思われるのは」

Success is counted sweetest

には

こうある

 

 

成功をもっとも甘美に思うのは
                   
   成功をもっとも甘美に思うのは
   決して成功することがない人たち
   神々の美酒を理解するには
   痛いほどの渇きが要る

   戦場の主導権を取った側の軍隊の誰ひとり
   敵の旗を今日奪いながらも

    勝利というものの定義は

   はっきりとはできない


   打ち負かされてーいま死んでいくー彼
   聞くことを禁じられたその耳にこそ
  遠い勝利の響きはたっぷりと苦悶に湿り

  疑う余地もなくクリアに飛び込んでくる




 Success is counted sweetest

 Emily Dickinson
                   
   Success is counted sweetest
   By those who ne'er succeed.
   To comprehend a nectar
   Requires sorest need.

   Not one of all the purple Host
   Who took the Flag today
   Can tell the definition
   So clear of victory

   As he defeated  dying 
   On whose forbidden ear
   The distant strains of triumph
   Burst agonized and clear !

 

 

D.B.の脳裏にあった

ディッキンスンの

戦争詩は

これだったか

それとも

べつのものだったか

 

 

 

 

 

*野依昭子「サリンジャーの2通の手紙を結ぶ『戦争』と『ヘミングウェイ』」(関西学院大学リポジトリ)

file:///C:/Users/bodhi/Downloads/57-7.PDF

金澤淳子「『斜めの誠実』―南北戦争とエミリ・デイキンスン」(早稲田大学リポジトリ)

https://core.ac.uk/reader/286958730

などを参照している。





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