いろいろのことを思い出す
ちょっと疲れて
横たわったりすると
ほんとに
いろいろのことを
若かったころ
もっと若かったころ
もっともっと若かったころ
幼いといったほうがよかったころ
それぞれの時の
いろいろのことを
ほんとに
たくさんの
いろいろのことを
まだ
紙の切符をいちいち買って
都内の電車に乗るようになっていたころ
何日も
何日もかけて
両手にじょうぶな紙袋を持って
本をその中にいっぱい詰めて
自宅から新たな住まいへと
片道
一時間半かけて
運んだものだったと思い出す
そのころから
ぼくの人生には
避けるに越したことのないような
厖大な時間と労力の浪費が
たまたま住んでいるところへの土砂崩れや浸水のように
後から後から
押し寄せて来るようになった
時間と労力の浪費は
ほんとに避けるに越したことはない
しかし後から後から
押し寄せ続けて来るばかりになったので
ぼくはいつか
時間と労力の浪費を避ける意志さえ
放棄してしまうに至った
あっちに流され
こっちに流され
人生の計画だとか見込みだとか
そんなものはいつか
すっかり無縁になってしまった
流され続けの
人生なんてとても呼べない
ぼくだけのちっぽけな
生き延び
まさか
人生のはじまりのころに
酒乱の父親の狂乱で
育ってきた家を無一文で家出して
そのあとはゼロから生きはじめることになろうとは
思ってもいなかった
片道一時間半も遠ざかったところへ
ある7月の終わり近く
居候することになり
そのまま住むことになったが
酒乱の父親がいない時を見計らって
たくさんの本を新居に運び続けることから
まったくべつの人生をはじめることになろうとは
思ってもいなかった
両手にじょうぶな
当時のナチュラルハウスの紙袋を二枚かさねにしたものに
本を一冊でも多く詰め込んで
池袋駅で乗り換え
新宿駅で乗り換え
渋谷駅で乗り換えて
夜の11時半から12時に新居にたどり着くことが
何十日も度重なった
手に食い込んでくる紙を縒った紐を握りしめながら
どうしてこんなふうに
厖大に時間と労力を浪費していかないといけないのか
わからなかった
どんどんわからなくなっていった
じぶんでまったくコントロールできないちっぽけな生きのびの糸を
東京の主要駅から主要駅へと引き延ばしながら
それまでちょっとはわかったつもりでいた
人生というものや
世の中というものが
幼少期の時以上に
まったくわからなくなっていった
あちこちの岩にぶつかって進む激流下りの舟のように
なんとか転覆しないのがせいぜいで
左右に揺られ
ぶつけられ
戦場に駆り出されたばかりの初年兵のように
長期の見通しなどできなくなり
明日のプランさえ立てられなくなった
まだ
紙の切符をいちいち買って
都内の電車に乗るようになっていたころ
勤めやわずかの休息のほかは
電車のひとでしかないぼくだった
駅構内を行き来するひとでしかないぼくだった
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