2023年10月12日木曜日

どうしてこんなふうに厖大に時間と労力を

 

 

 

いろいろのことを思い出す

 

ちょっと疲れて

横たわったりすると

ほんとに

いろいろのことを

 

若かったころ

もっと若かったころ

もっともっと若かったころ

幼いといったほうがよかったころ

それぞれの時の

いろいろのことを

 

ほんとに

たくさんの

いろいろのことを

 

まだ

紙の切符をいちいち買って

都内の電車に乗るようになっていたころ

何日も

何日もかけて

両手にじょうぶな紙袋を持って

本をその中にいっぱい詰めて

自宅から新たな住まいへと

片道

一時間半かけて

運んだものだったと思い出す

 

そのころから

ぼくの人生には

避けるに越したことのないような

厖大な時間と労力の浪費が

たまたま住んでいるところへの土砂崩れや浸水のように

後から後から

押し寄せて来るようになった

時間と労力の浪費は

ほんとに避けるに越したことはない

しかし後から後から

押し寄せ続けて来るばかりになったので

ぼくはいつか

時間と労力の浪費を避ける意志さえ

放棄してしまうに至った

あっちに流され

こっちに流され

人生の計画だとか見込みだとか

そんなものはいつか

すっかり無縁になってしまった

流され続けの

人生なんてとても呼べない

ぼくだけのちっぽけな

生き延び

 

まさか

人生のはじまりのころに

酒乱の父親の狂乱で

育ってきた家を無一文で家出して

そのあとはゼロから生きはじめることになろうとは

思ってもいなかった

片道一時間半も遠ざかったところへ

ある7月の終わり近く

居候することになり

そのまま住むことになったが

酒乱の父親がいない時を見計らって

たくさんの本を新居に運び続けることから

まったくべつの人生をはじめることになろうとは

思ってもいなかった

 

両手にじょうぶな

当時のナチュラルハウスの紙袋を二枚かさねにしたものに

本を一冊でも多く詰め込んで

池袋駅で乗り換え

新宿駅で乗り換え

渋谷駅で乗り換えて

夜の11時半から12時に新居にたどり着くことが

何十日も度重なった

手に食い込んでくる紙を縒った紐を握りしめながら

どうしてこんなふうに

厖大に時間と労力を浪費していかないといけないのか

わからなかった

どんどんわからなくなっていった

じぶんでまったくコントロールできないちっぽけな生きのびの糸を

東京の主要駅から主要駅へと引き延ばしながら

それまでちょっとはわかったつもりでいた

人生というものや

世の中というものが

幼少期の時以上に

まったくわからなくなっていった

あちこちの岩にぶつかって進む激流下りの舟のように

なんとか転覆しないのがせいぜいで

左右に揺られ

ぶつけられ

戦場に駆り出されたばかりの初年兵のように

長期の見通しなどできなくなり

明日のプランさえ立てられなくなった

 

まだ

紙の切符をいちいち買って

都内の電車に乗るようになっていたころ

勤めやわずかの休息のほかは

電車のひとでしかないぼくだった

駅構内を行き来するひとでしかないぼくだった

 

 





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