しばらく住んでいたところへ
修繕が入りました
居間やキッチンのほかに
部屋数が五つあって
廊下が部屋を繫いでいる住まいです
木目を生かした柱や壁で
それ以外の壁は
シンプルな白いものです
床板を替えたり
壁紙を貼り替えたりもしますが
数日で終わるそうなので
ほっとしています
わたしは文学の話をするために
もうすぐ
出かけるところです
永井荷風に関連する話をするのですが
だいたいの構想はできていても
きょう話す内容は
まだ準備し終わっていません
もうちょっと内容を
詰め込みたい気もしているのです
メモも資料も多めに持っているので
電車の中でさらに話を練るつもりです
1時間半以上乗っていくので
考える時間は
じゅうぶんにあるはずです
工事責任者の人は
メタルフレームの眼鏡をかけた
目の細い
30代半ばほどの人で
わきの髪がちょっと長く
髪の先がクルッと跳ねていて
すこし神経質な雰囲気もあって
ちょっと取っつきづらい感じですが
洗面所やバスルームのまとまっているところで
急にわたしのほうに寄ってきて
「おうちの中で気になる場所はありますか?」
と聞いてきました
工事責任者のこの人は
こんなふうに話かけてくる時
正面からこちらを見ず
顔をちょっと横向きにするので
目が横にらみになります
細い目の中で黒目が横に滑るので
すこしお化けの目を思わせます
気になる
といってもどんな意味で気になるのか
わからなかったので
「そうですねえ
食事をする時にそっちの居間のほうに座り
廊下を前にした感じになるのですが
そうすると
廊下のわきのあたりなんかが
ちょっと気になる感じはあります」
と言ってみました
そうすると
工事責任者のこの人は
「そうでしょう
あそこに立っていることが多いですね」
と言うので
ちょっと驚きました
なんでも
彼の言うには
若い女性の霊で
その居間の廊下に近いところに
すうっと立っているそうです
立って居間のほうを見ている感じで
なにをするわけでもないし
不吉な影響を発しているわけでもないですが
ただそこに立っている
そう言われてみると
いつもそのあたりになにか感じていたので
なるほど
そういうわけだったか
とちょっと納得が行きました
夜遅くなって帰ってくると
工事関係者たちはいなくなっているはずなので
わたしと家族だけになるわけですが
そんな時間になると
この人が指摘した場所が
今夜からもっと気になるだろうなあ
と思われ
なんだかちょっと嫌だなあ
と感じました
べつのところへ引っ越すことにしても
いいのだけれど
どうしようかなあ
などとも
考えはじめましたが
居間のあの場所にただ立っているだけならば
あまり気にしなくてもいいかなあ
などとも
もちろん考えるのです
居間やキッチンのほかに
部屋数が五つあって
廊下が部屋を繫いでいる
ひろびろとした
いい住まいなのです
木目を生かした柱や壁で
それ以外の壁はシンプルで白い
あかるい住まいなのです
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