2024年10月5日土曜日

流れていく霧のなかにいた

 


 

 

絶望がコンビニでコーヒーを飲んでいる時に雨が

ちょっと

ぱらついてきた

 

ああ、水色の雨!

 

あの歌が流行っていた夏

ぼくは蓼科高原のペンションにバイトに行って

オーナーとうまくいかない経験をした

 

毎日

お客様のために料理を出したり

コーヒーを出したり

食器を洗ったり

掃除をしたりの日々だった

 

夜になって

眠れるかと思いきや

夕食後のお客様のお話相手もやれ

と命じられていた

 

ちょっと息がつけるのは

ゴミ捨てに外に出て

高原の冷えた夜気に包まれる時だけだった

 

怠けもせず

ずいぶん頑張ったとは思うが

オーナーのやりかたへの不満は

おのずから周囲に吹き出していたのだろう

 

お客様が食べないで残したパセリは

水でちょろちょろ洗って

べつのお客様に出せばいいと命じられたし

早朝に金盥いっぱいに作って

流しの下に溜めておくブレンドコーヒーには

どうしたって

流しの裏の汚れが落ちていくのだが

それでかまわないと言われた

お客様からブレンドコーヒーの注文が来ると

そのコーヒー盥から掬って

一杯分を熱し直してお出しする

うまいわけがないし

きれいでもないのだが

商売はそういうものだというのが

オーナーの考えだった

観光地や避暑地の客商売は

どこでも同じようなものらしかった

 

それにしても

日中でも

夜でも

霧が濃くうすく流れて行く戸外の景色だけは

美しかった

ゴミを捨てに出たり

暖炉にくべる薪を取りに行ったりすると

流れていく霧のなかにいた

 

霧のなかに居続けて

たぶん

いまでも

ずっと

居続けている

 

 




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