2024年6月23日日曜日

宇宙からではなにひとつ見えはしない

 

 

 

  ギリシア神話では

  アイギナ島の住民が疫病で全滅したとき

  ゼウスは蟻をその住民に変えたという

  さよなら 遺伝子と電子工学だけを残したままの

  人間の世紀末

  1999

  田村隆一 『蟻』

 

 

 

 

 

世界は狂ってしまった

完全に狂ってしまっている

 

だれかが

そう言うのを耳にすると

うっかり

頷きたくも

なってしまうが

 

違う

 

そうではない

 

狂って「しまった」のではなく

世界は

最初から狂っていたし

狂いかたも

「完全」ではない

今だって

むかしだって

 

なんと

不完全な狂いかた

今だって

むかしだって

 

宇宙の遠くから小さく撮られた

地球の写真を

見たことがある?

 

あるいは

せめて

人工衛星から撮られた

陸地のようすを?

 

まるい青い球体のどこかで

人間が

ふいに潰されても

血管のどこかが破れて倒れても

縄で首を吊っても

宇宙からでは

なにひとつ

見えはしない

 

爆弾やミサイルを降らせて

どこかの住民を

数百人や

数千人

数万人規模で殺してさえ

宇宙からでは

なにひとつ

見えはしない

 

まるい青い球体は

静かに

澄んだ青のまま

 

茶色の陸地は

コーヒーの粉のように

馥郁と

茶色のまま

 

あれやこれやの

なんやかやの

価値やよろこびや楽しみを追って

なにかを必要だと思い込んで

ダニのように

ウジのように

シロアリのように

うごめき続けている生者たちにしても

宇宙からでは

なにひとつ

見えはしない

 

まるい青い球体は

静かに

澄んだ青のまま

 

茶色の陸地は

コーヒーの粉のように

馥郁と

茶色のまま







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