2012年9月10日月曜日

ルミうた 八十九首



           [1998年作 ・2006年11月改作]




ことしの春から夏にかけて、むかし付き合っていた娘の霊がよく現われた。供養になるようにと、その娘のことを「るり」と呼んで、詩に書いてもみた。 
ここに集めた短歌は、当時、彼女とのことを書いたもののうちの一部で、人に見せるつもりもなしに放っておいたものである。時代錯誤にも藤原定家の美学の習得に努め続けていた当時の私にとって、あくまで片手間の戯れの歌作というべきものだが、一方、短歌の口語化、言葉遊び化を無限に推し進めていくかのように見えた当時の一潮流が、実際には新しくも独自でもなく、ちょっとした表現感覚の差異の倍音として、いかに容易に作られうるものかを、知り合いの若干の歌人たちに示すためのものでもあった。以下に見られるような柔らかい俗うたを次々と作っては捨てながら、あの頃、私はあくまで硬質の歌を求め続けていた。
           ありのままを写実しようと意図したものでないとはいえ、いま読み返してみると、六年前の時間のそこ此処が甦る。自らのものとして認める作風ではなく、あくまで垂れ流しのまずしい作歌にすぎないが、個人的には懐かしい、痛切な心のメモである。六年も経ち、すべてはすでに歴史となった。そろそろしっかりと思い出され、それなりの位置を与えられたいと望んで、娘の霊は頻繁に現われたものかと思う。
 固有名詞は避けようと思い、詩では「るり」と呼び、短歌では「ルミ」と呼んだ。当時の私は、彼女を真率に愛していたとまでは言えないかもしれないが、愛情の水嵩というのは、対象の失われたのちにこそ、限りなく増してくるもののようである。街を歩いていたり、デパートの化粧品売り場を通り過ぎたりする時に、ふと、彼女が目の前にいる。立ち止まって、ひととき呆然としてしまう私を、まわりの人々はどう見ているものだろう。
           長くないあいだとはいえ、肉体的に激しく求めあった彼女の死は、知悉した肉の死という、未知の経験を私に味あわせた。老いるにつれ、誰もが経験していくことではあろうが、心も体もまじえた相手の肉体的な死というのは、まるで、まだ生きている自分のこの身体さえもが、どこか幽明の境に位置するようになってしまったかのように感じられ、それ以前と以後とでは、いわゆる現実感覚というのは激変してしまう。自分はまだ生きているが、彼女は死んでしまった、などという思い方や表現がまったく間違っている、そう痛感する次元に、意識は常住するようになってしまう。
           言葉の姿や身振りからいえば、いかにもふしだらなこれらの歌に、私は二度と戻らないと思うが、そんな歌をここに集めるのも、すべては記念のため、供養のため、そして、感傷のためである。
そう、私は感傷する。枠を設け、意識が侵食されないように、臆病に、いささか姑息な距離をとりながら。ここに私の弱さもあれば、時代の要請もある。私はいかにも遅れてきたロマン主義者なのだが、遅れてきたロマン主義者は、往々にして、さびしく冷静さと均衡を保ちながら、熱狂や夢想を演じてみせるのを強いられるものだ。そうしながら、自分以前に過ぎ去った楽園の一時期を夢見る…
そんな、夢見る、見続ける一時期の名を、じつは「るり」と呼び「ルミ」と呼んだのだったか、と思われてもよい。「真の楽園というのは、失われてしまった楽園のことである」(マルセル・プルースト)そうだが、私が「るり」と呼び「ルミ」と呼ぶことにした楽園にはすでに、喪失が備わっている。この喪失を抱きながら、これからは、真なるものとはいかなるものであったか、それを確かめていけばいい、ということになるのだろうか。





水色の頬のお化粧かがやかし ああルミが来る ほかにはいらない

シルバーのケータイに替えてゆうぐれの陽できらきらとひとみ攻撃

十字架のペンダント落としルミが泣く …肩抱いたのはそういうわけで

厚底を履けばぼくほど背も高くなるからしやすくなるねキス、ルミ

安物だけどインディアンのネックレス、いまいっぱいの気持ちであげる

この次は真っ赤に染めておいでねって言っただろ、なんでオレンジなんだ?

短歌なんてダサイじゃんっていうけどね、そのうちきみにもわかるかも かも

だから、ほら、きみにもわかる歌にするよ こんなんでいいかわからないけど

この夏はまいにち海に焼きにいく それもニースかカンヌあたりに

未成年だろ、いくらカルアミルクだって飲みすぎ ぼくの責任にもなっちゃう

酔うときと酔わないときがあるルミの腕の肉すごくぴっちりしてる

スカートがまた擦りあがってる ほら、ほら、ほら、いくら暗くてだいじょぶだからって

ひとの多い広場でキスするのが好きで ルミのわがままには困っちゃう

ぼくはもう若くはないよと言うそばから 歳じゃないもん 好きなんだもん

ルミのつばをするするするするとうめいにのみつづけながらみるさくらだね

十幾年しか生きてないルミなのに真顔でアイを投げよこすなんて

顔グロにはぜったいしないルミだけどしてもいいかも。してきてごらん。

                           *

あたしってけっこうせっくすすきなんだあ、ってルミの声ちょっと揺れたりもして

十代のつややかさってやはりある この胸の張りもヴィーナスみたいで

Gカップ? Hカップ? それよりも胸もとの肌のかがやく奇跡

てのひらを肩におかずにうしろからうなじに唇を、けれど、つけずに

背の骨のながれゆっくりたどりながら触れないままに ほら、寝てはだめ

腿すべると指はこまって飛んで背に行ったりするわけ ちゃんと戻るさ

このお皿ちょっとつめたいみたいだけど ね、乳首(ちちくび)につけてごらんよ

アイスティー飲んだばかりで含むから冷たい、冷たい、でも、いい感じ

顎が疲れてしばらく天井みていたね ミルキーウェイがきれいだったね

ジンセイ、とすぐ口にする癖のぼくをすっかりかえた ちぶさ、くちびる

                             *

ルミだけにせかいがしだいになっていく。怖くはないな、怖くはないよ。

シャネルなんてシャネルなんて、と言うよりはひとつでも買ってやるべきかなあ

アンサンセ、ウルトラマリンに飽きが来て こんどはアニマル、コントラディクション

だけれども、なんて話すと顔しかめダサいことばと言うんだよね、ルミ

紀伊国屋インターナショナルから歩くルミとぼくとの表参道

ラフォーレに来るたび「森」と教えてる もう何十回言ったと思う?

                           *

ぼくとしかフランス行かないルミのためひそかに休暇また企んで

一週間パリへと逃げる準備してルミのリュックにいっぱいのタンポン

パリでいちばんふしだらなお嬢エッフェル塔 真下に来ればわかるだろ、ルミ?

TGVすごい揺れでしょ?コーヒーは駅で飲もうよ 夜はこれから

歳とらずにぼくより先に死にたいって? 急にドキリとさせるなよ、ルミ

原色も黒もグレーも花柄もルミには似あうパリ第6区

カタコンブ出るまでしがみついていたルミの手のあと ほら、みてごらん

はだかでも着衣でもなにもかわらない沃野のようなルミが好きだよ

元カレに買ってもらったプラダ背にともだちのニーナ来るね、あれだね

ベネチアのゆうぐれのルミを抱きしめて入日がなぜかゆっくりになる

                            *

おなじみのミミ、クリ、クロが待っている猫御殿へとまた午前様

エブリ・リトル・スィングのさびしい歌が響いてる山下公園きょう曇り空

マックスが好きだといえばスピッツのほうがいいナとお台場の夜

スパゲッティばかりじゃダメだよサラダもっと食べて魚もちゃんと食べるの

プレステ2きみが興味をもたなくてよかったホント そのかわりにね

「バカなほうが女はいいわ」 けっきょくは? こぼれるような魅力あればね

オレンジの薄革スカートぴっちりと腿にくいこむぐらいでステキ

連休は都内のホテルで二三日とじこもろうよまっしろの部屋

「ながくながくながく伸ばしてね、髪」というけれど夏が来る暑いあつい夏がね

スターバックスはそんなにうまくないけれどついつい長居しちゃうんだよね

                          *

ある日ふとこうしているうち死ぬのかな ほかの別れはありえないよね

                          *

することはなにもないけどルミがいる ただそれだけのガーデンプレイス

マティーニの酔いはしずかで明晰で波おとにゆれるルミとの未来

「過去は、ない。言うほどの過去は」「あたしにも」繰り返してる このフレーズをまた

おとことかおとこらしさを求めないルミにだからこそおとこにもなる

ふえていく腕輪・指輪のいろ、ひかり 背にも首にも受けとめていて

おっぱいがちいさくならないように飲むルミおきまりの純正ミルク

香水もシャンプーの香もないときのルミの素肌の野性のかおり

レストランもバーもはやめに切り上げる だって飽きないふたりだものね

花園神社の稲荷の祀る男根をルミ抱き上げて触らせている

織田作とか小実昌とかを薦めるからルミの読書はチョーかたよるね

ツイスト・アンド・シャウトなんども聞きかえしお花見なんていくわけないじゃん

髪の毛をはじめてピンクに染めてきたルミに持たせるダイコンとカブ

ウェッジウッドの皿ていねいに胸に抱き音消すように繁華街ゆく

ヒロちゃんのベース修理につきあって「たこ焼きだけしか食べれなかったの」

ルミからはなんにも望んでないからねと そんな言葉で逆に傷つけ

生きたという思いはいつもなかったな 世の中といつもすれ違いでね

雨、あらし、みぞれもどうってことはない かるく言うけど絶望してて

ジンセイをあれこれ言いたい年頃のいまどきのオトナ、ルミの腿みて

             *

権力のそと 枠のそと ぼくひとりの遊撃つづく、ルミ抱きながら

                          *

これほどにつやつやの髪のルミだから風も来るんだ 遠い沖から

廃船のかげでしっとりしてくる肌 しばらくあわせて まだあわせて

菜の花のあかるさは腰のふくらみのゆたかさにあう 採ってこようよ

張りきって どこか陽に似て 乳のふさ やっぱりお日さまの下に行こうね

なにもいわない きめて胸まであげていく服の模様の裏地、肌みたい

すてきなのは髪かな からだ見なくてもいいほどに髪ははだかだものね

しっとりとした手だね もっと触ってね ひとりじめしたい若葉みたいで

ちょっと痩せた? 胸の骨すこし きれいな音を立てているもの

目をみてよ ぼくも見るから こうやってまなざしの底も触れあわそうよ

水とかね、いろいろと散るとつつつつって お腹をすべるの ほんとかわいい

つよい風で髪ばらばらだね 梳かすとき手伝ってあげる あの浜かげで

チョコレート半分あげるね 口のなかですこしとろけてきちゃったけどね

コーヒーゼリー、口にいれるといい香りあとでするんだ もっと噛んでみて

そんないそいで脱いじゃだめだよ そういうのって時間のやつがかわいそうじゃん

寄せる波、その波おともすべて無償(タダ)で 陽がしずむまでルミと見ている

                              *

ああもっとおバカなむすめになるんだよ きみとぼくとの草原だから



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