このさびしい世に
ほんとうにひとりぼっちになって
まだ与えられている
じぶんのからだや
きぶんと
向きあっている
なにをしても
しなくても
刻一刻と
時間が過ぎていく
滝壺に
近づくのに似て
家族とか
会社とか
サークルとか
あるいは国家とか
時代とか
そんな屋形船に乗りあわせて
わあわあ言いながら
どどっと
まとまって落ちていくほうが
さびしくない?
夜明け前に目覚めると
そんな思いが
消しても消しても
浮んでくる
部屋の薄やみに目を開くと
いつも思う
これは死んでいるということ
死んでいるのと
もう
おなじこと
にぎやかにしている人たちも
世の中心にあるかのような人たちも
数年後にはいない
つぎつぎ宴は続くが
つぎつぎ終わっていく
なにもかも消え去っていき
そんなことがあったと
覚えている人さえいなくなる
むかしのパーティーを
ともに語り草にできる人たちも
もういない
あんなに手間をかけた
いくつもの結婚式も
もう陳腐なドラマのような
型通りのイメージさえ残さない
参列者たちは
散りぢりばらばら
写真や映像が残っていても
見る人たちさえ
すでに消えてしまった
すべての家族写真や
思い出の品々
大事に選んで買った調度までが
ご主人さまや
鑑賞者たちを失って
個々人の時間の下流に滞留する
いつまでも残る骨のように
無数の人生たちの骨として
残滓として
あゝ骨になるためにだけ
生きてきたのか?
失われ忘れられ最後は
ただ不用品として
業者に引き取られていくために
立派な石の墓を建てても
最後には家系も絶え
永代供養の期限も切れて
ガサッとまとめられ
墓地の端の遺骨集積塔の下にまじる
どこもかしこも
終わっていくものばかり
忘れられ
失われていくものばかり
かしこいかのような
人たちはたくさんいたけれども
みな時流に乗って
金儲けをしただけの人たち
じぶんをはかなく
顕示しようとした人たちばかり
すべては終わって
すみやかに過ぎ去り
すっかり忘れられていくことを
ただそれだけを不朽の土台として
いまの生を組織せよと
こころと生活を
できうるかぎり軽く
軽くせよと
言わなかった人たちばかり
そんな人たちを
まるでなにものかであったかのように
あがめ奉っている
そんな人たちばかり
陸続と発生してくるばかり
このさびしい世に
ほんとうにひとりぼっちになって
まだ与えられている
じぶんのからだや
きぶんと
向きあっている
なにをしても
しなくても
刻一刻と
時間が過ぎていく
滝壺に
近づくのに似て
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