2014年7月21日月曜日

今度こそは本当に住みはじめているカブトムシ




すこし弱っていたらしい
植込みと道のあいだ
カブトムシが落ちていた
クヌギの木など
餌になる樹液の出そうな木は
近所にはないから
脱皮して飛び立ってみたものの
きっと餌になる樹液にありつけずに
まいってしまったのだろう

オスだが小ぶりの成虫で
ちゃんとカブトムシの角はあるが
幼虫時代の栄養が
どうもいくらか足りなかったらしい

しばらく飼ってみようと
忙しくて暑くて雨も降る中を
ホームセンターまで足をのばし
子ども向きの昆虫飼育ケースをさがす
邪魔になるのも困るので
いちばん小さなものを
とは思ったものの
中に木や餌場を置いたら狭すぎる
もう少し大きなものを買うことにして
さてそれから
それから
底に敷く土マットだの
カブトムシ用の餌だの
止まり木にするコルクの棒だの
餌台にするコルクの薄い円盤だの
しめて2000円近くの出費
もちろん子どもの頃は
こんな一式を買ったりはせず
雑木林まで行ってぜんぶ揃えた
いまの住まいは街の真ん中
土ぐらいはどうにかなるし
木だって調達できそうだが
いい大人がシャベルやケースを持って
あたりを徘徊すれば怪しまれる
つまらない用心を強いられる
つまらない気遣いをさせられる
そんな世の中

うちに帰るとケースを開け
特製の土を敷き詰めて
コルクの円盤の真ん中をほじって
皿状に浅くくり抜き
棒にも大きく切り込みを入れて
餌を置けるように工作
カブトムシの餌には
トレハロース入りがいいらしいと
最近の研究でわかったそうで
バナナの匂いのする
なんだか豪華なゼリーを開け
作りたての餌場に小匙でのせる

肝心のカブトムシは
砂糖水を滲み込ませたティッシュとともに
大きなガラスボウルに入れていたが
トレハロース入りのゼリーを
はやく食わしてやるべく
新居の餌場に置いてやろうとすると
なかなかどうして
ティッシュを放そうとしない
足先に破れたティッシュをくっつけ
足をばたばたさせるのを
ようやくコルクに着地させ
特製ゼリーに口を着けさせると
食べ物とわかったのか
やっと静かになった
この特製ゼリーにはちょっと
水分が足りなく見えもするので
霧吹きですこし湿らせた
ひさしぶりに
こうして
カブトムシのいる日々がはじまった

ネットで調べると
カブトムシの飼育法や
注意点がいろいろと出てきて
子どもの頃の暗中模索の飼育法とは
ずいぶん違った便利さがある
スイカなどのフルーツをやると
ムシでもお腹をこわすのでよくない
と指導しているサイトもあり
子どもの頃の飼い方が
いかにいい加減だったか
今になって反省させられる
むかし死なしてしまったムシたちよ
済まなかった、アーメン
知らなかったのだ
無知だったのだ

とはいうものの
スイカを入れてみたら
特製ゼリーよりはるかにお気に入りで
食いつきようがまるで違う
スイカはダメだというサイトは
本当に正しいのかどうか
他のサイトには違う意見もあって
スイカなどでもちゃんと産卵させられるなどと
書いてあるものもある
人間さまの食事事情さながら
糖質制限がいいとか悪いとか
水分がどうだとかこうだとか
カブトムシ飼育世界でも侃侃諤諤らしい

ひとつはっきりしたのは
朝になると土の底ふかくに潜って
夕方どころか
深夜0時まで起き出して来ないこと
8時間どころか
17時間や18時間ほどは
土の中に潜りっきり
これにはずいぶんと驚かされ
考えさせられ
反省させられた
カブトムシが土に潜るのは知っていたし
日中クヌギの根を掘って
子どもの頃にカブトムシ採りもした
けれども
これほど長く土に潜っているのが好きとは
子ども時代からこんなに遠く遠く離れて
今になるまで知らないできた
知らず知らずに
ひどいことをしてきてしまったんだなぁと
今になって悟らされたのだ

むかし子どもの頃
採ってきたカブトムシを
土など入れないプラスチックケースに入れたり
網だけでできている虫カゴに入れておいたり
土を敷いても薄くしか敷かなかったり
そうして明るいところに置いたまま
餌だけはいろいろやったりして
あまり長生きをさせられないことが多かったが
あたりまえではないか
毎日こんなに土にながく潜るのが好きな彼らから
生活の大事な一部を平気で奪ってしまっていたんだから
幼虫時代が恋しくて堪らないからなのか
大切な身体的必要からなのか
ムシとしての生の終わる後へむけての
ふかい夢見のためなのか
エジプトのスカラベさながら
生と死と復活の象徴的儀式を神から負わされているのか
毎日こんなに土にながく潜るのが好きな彼らから
どれほどひどく酷薄に残酷に
生活の大事な一部を平気で奪ってしまっていたのだったか
無知な子どもだったとはいえ
誰も教えてくれなかったとはいえ

もう子ども時代もはるか彼方となった今ごろ
偶然拾った一匹のカブトムシが
小さく大きなこんな発見を遅ればせにもたらし
子ども時代のムシたちとのつき合いを根本から揺るがし
ムシたちのことを全面的に考え直させようとする
来る夏来る夏
あんなにたくさん採って
知り尽くしたつもりになっていたカブトムシの
土潜りの大事な大事な性質を見落としたまゝ
成長してきたつもりになっていた年月はなんだったか
小さく大きなこんな発見をまだまだ
いくつもいくつも
ひょっとしたら無数にし直さなければ
子ども時代さえ十分に生きたことにならないのではないかと
朝までスイカに抱きついて
食いつき続けているカブトムシを見ながら思う

今では
うちのどこにいても
外に出かけていても
日中ならば
飼育ケースの土の中のカブトムシが気になる
まだ寝ているか
まだ土の中か
そんな思いがめぐるまゝに
自分の中に
ふたたび
ひさしぶりに
そうして
初めて
今度こそは
本当に
住みはじめている
カブトムシ






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