2014年9月1日月曜日

ほとりと落ちてきたような、こんな急な秋




ことしは
八月の終わりから
急に涼しくなり
九月の最初の日の今日
曇って雨がちなこともあって
もう深い秋のようです

あゝ
やすらぐ…
よくあなたが言っていた
この時期
急にこんなにまで
深く秋めいてしまうと
なんだか
この世のすべてが
盛りを過ぎてしまったようです

あなたとのあいだにも
いろいろな夏があり
夏の終わりがあり
秋のはじまりがありましたが
思い出されるのは
なぜかいつも
ほとりと落ちてきたような
こんな急な秋
外に遊びに出た猫を
どこにいってしまったかしらと
探しながら
しずかな庭に落ち始める
雨に向かって
大きな窓サッシに立ち
カーテンに触れたりしながら
秋のおとずれを聞いていました

ながい入院のあと
あの家にあなたが戻る準備にと
冷房嫌いのあなたの一生ではじめて
クーラーを買い求めた
あの暑い暑い晩夏
東京中の電機店をまわって
品切れのクーラーをなんとか見つけ
八月三十一日の退院に
間に合わせた時の
嬉しかったこと
退院はしたものの
まだふつうには暮せないのだから
日々の食生活はどうするか
買い物は数日おきにやりにくればいいか
介護のヘルパーさんの時間やローテーションを
ケアマネージャーさんと決めたり
弁当屋を使うべきか
どこを選ぶべきか
栄養はそれで足りるのかなど
動かしはじめたクーラーの涼気のなかで
あれこれメモしながら
忙しく考え続けたあの時間などは
意外に
はじめに思い出されてはこないのです

あなたが誰よりも元気で
健康を誇ってた頃
急にこんなに深く秋めいた日などには
どこかに散策に行きましょうと
かならずあなたは誘ってきたものでした
やることはいっぱいあるのに
やらねばならないことは山積みなのに
誘われて
二時間も三時間も
森や林のほうへ
あるいは大きな都会のほうへ
用もないのに物を見に行ったり
歩き続けに行ったりしたものです

この世を去る十日前まで
あなたが住み続けたあの窓の前に立って
いまでも
いつまでも
カーテンに指をかけて
急に落ちてくるようにやって来た
しずかな深い秋の庭を
わたしは見ているようです
うちの猫はどこに行ったかしら…と
もうあの猫もいないというのに
思い続けているわたしが
いまでも
いつまでも
いるようです

死んでいるのかしら
わたしこそ

あの雰囲気と
あの風景の中に
そうしてあなたに
いまでも
いつまでも
縛られて

死ということかしら
これが?

これこそが?



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