2014年11月20日木曜日

道草




こころの道草を
たぶん
詩というのだろう

ことばや
いろいろな思いや
感情の
こまごまなども
もともと
道草好きな連中だから
いっしょになって
ひと時のさまよいに
興じてみたりするのだろう

道草するのも
しなきゃならない気になるのも
どうしようもなしに
通るほかない
馴染みの本道があるから
あの大通り
メインストリートがあるから
車と喧騒でいっぱいの
空気の汚れた
あの危なっかしい道があるから

ことばのやつも
思いたちも
感情たちも
じつは四六時中
その大通りのあれこれについて
喜怒哀楽をくりかえし
興奮し
落胆し続けているが
そんな煮えくり返りから
ちょっと逸れて
おい、道草でもしていくべ!
と連れだったり
あるいは
まったくのひとりで
ひゅっと逸れ
小さなさまよいを
する

そこに現われる裏道や
袋小路や
雑草ぼうぼうの空き地だのには
小花が咲いていたり
猫が寝っ転がっていたり
幼児のプラスチックの乗り物といっしょに
古いバイクなどが
なにかの遺産のように
埃をかぶっていたりするが

ときどき
詩のやつめも
はっきりしない姿で立っていたり
かと思うと
やけにくっきり笑っていたり
いつのまにか
こちらのこころに
憑依していたり
―と
それに気づくや
もういなくなっていたり

そんな時
たしかに今
やつめを見たような…
と思いながら
うるさい大通りに戻ると

あゝ

喧噪も
空気の汚れも
たくさんの信号の点滅や
どこかへ急行する救急車のサイレンさえもが
この世の頂点のように
ふかくこまかく編まれた
うつくしさに
奇跡に
見えていたりする




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