衰弱した人たちを見慣れてきた目には
ほんとうのことを言うと
町中で健康そうにしている人たちも
衰弱者予備軍にしか見えない
赤ん坊を抱いた若い母親や
買い物袋を提げてその脇にいる若い父親も
病床で身動きできなくなった姿で
わたしの目には映ってくる
疲れ切ってそのふたりを介護している
中年になった子どもの姿も見える
商店の前にワゴンを出して
売り出しの声を張り上げている若者も
走りまわっている宅急便の人も
遊園地で駆けまわっている子どもらも
警察官たちも消防士たちも
冷たい目をしたビジネスマンたちも
みんな為すすべもなく衰弱しきって
病床に転がっているさまが見える
彼らがもう楽々と起き上がれなくなった時の
シーツや布団カバーの皺くちゃのようすが
いまからとてもよく見える
自分の言うことをきかなくなった体を
ベッドの上に投げ出している他ない彼らが
日本ばかりか世界中にありありと見える
何十年も朝昼晩と動きまわり
まるでその先になにかいいことがあるかのように
生きるということが可能かのように
動きまわってきた彼らの終焉のようすが見える
動きづらくなった彼らの最後の居場所の
シーツや布団カバーの皺くちゃのようすが
この世のものでないかのように
この世の唯一のものであるかのように
わびしくわびしく
逃れようもなくありありと見える
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