2015年6月13日土曜日

はるかに幸せになれただろうに



乗ったことのない路線のバスに
ちょっとした気まぐれから乗ろうとして
停留所で列を作っていたら
まだ小学校にも行っていないような女の子が
おかあさんと前にいて
あっちを見たり
こっちを見たり
列から離れてふらふら
戻っては
また離れてふらふら

遠視だろう
ぶ厚いメガネをかけて
まだ小さいのに
遠いような
ぼんやりしたような
さとったような表情をしている

顔立ちは
はっきりしていて
まだ小さいのに
もう中年になった頃の顔が見える
けっこうきれいな
落ち着いた人になりそうな
大人びた顔

こんな子がいたら
かわいいだろうなあと見ていると
おかあさんに
「ほら、もうバスが来るから
「ちゃんと並びなさい
と言われて
どうしてだかひどく腹を立てて
むこうのほうを向いて
しっかり坐り込み
両手でこぶしをつくって
目にぐりぐりし
し続け
そうして微動だにしなくなった
それがなんと
長いこと
長いこと
長いこと

といってもバスが来るまでのあいだだから
ものの十分ほどだけれど
こんな小さな子には
長い
長い
長い
ずいぶんな抵抗

おかあさんだって
きつく言ったわけでもないし
理不尽なことを言ったわけではないのに
なんと
長い
長い
長い
ずいぶんな抵抗

まだ小さいのに
こんな小さい子なのに
自我の
なんという大きさ
強情さ

これを抱えて
この子も生きていくんだね
と思いながら
自我さえ
もっと薄かったら
あるいは
もっとおちゃめだったら
もっと軽かったら
もっと段階調節ができたら
はるかに幸せだっただろうに
と思わされた
何人もの女たちを
走馬灯
というより
スマホのタイムラインを
高速でサァッと見るように
思い出していた

はるかに幸せだったろうに
はるかに幸せになれただろうに
彼女ら

あの女たち




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