夢の中だったが
私はすでに老いさらばえていて…
ある大きな店の中
買い物カゴがいっぱいになり過ぎて
さらに買い足したい商品を
とりあえずレジに持って行こうと
帆布のバッグに入れた
そこに若い女店員が来て
「盗んだものを出してください
と言う
「盗んだりしてません
「カゴがいっぱいだから
「バッグに入れてレジに持って行こうとしただけ
と返しても
「バッグに入れたんだから盗んだんです
盗むほどの商品ではない
この店でよく買う
大きなパンをふたつ
レジまで持って行こうと
とりあえずバッグに入れただけのことで
だいたい
頻繁に来ている客だと
私をわかりさえしないのかと
居丈高になる女店員の
とくにその若さが
気にくわなく思って
珍しく
使ってしまった
この時代この国では
私だけが使える
小さな術
相手の首筋に視点を定め
こちらの首をちょっと捻ると
相手は急に語りはじめて
延々と同じ文句をくり返し続ける
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
すぐに集まった
他の店員たちや客たちに
「こう言い続けているのだから
「よほど悪いことを重ねてきたのでしょうか
「かわいそうだけど
「よほど精神がおかしくなっていたんでしょうねえ
など言いながらレジに向かう
「ほら
「カゴがこんなにいっぱいだし
「荷物もいっぱい持っているから
「いつも買うパンをしかたなしにバッグに入れて
「このレジに急ごうとしたら
「あの店員さん
「私が盗みをしたなんて言い張って
「じぶんで勝手に激していって
「そうしてあんなふうに
「言い始めたんですよ
「よっぽどおかしくなっていたんでしょうね
「お客さんを刺したり
「店に火をつけたりさえしたかもしれませんねえ
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
若い女店員はまだ言い続けているが
この動作は一生終わらないのを
私だけが知っている
止める唯一の方法は私自身が
たとえ軽くであっても
被術者のうなじに接吻してやることだが
この状況で彼女にそうしてやることはあり得ないので
あの女店員は一生あのように言い続けていくだろう
精神科医たちはどんな病名をでっち上げることか
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
と来る日も来る日も言い続ける女店員が
私を不愉快にさせた
あの愚かな居丈高な若さを失い
たゞの愚かな居丈高さだけになり
やがて愚かな居丈高な中年となり
さらに愚かな居丈高な老年となって行きつゝも
なおも延々と繰り返し続ける
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
「私が悪です
それを
とっくりと観察し続けながら
とっくりと精神科医として
生を浪費しながら
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