目が覚めたのが何時頃かわからない
深更には違いなく部屋の中はまだ暗かった
しかし襖がすこし白々としていて
どこからか洩れる明かりに反映しているのか
流紋の模様がぼんやりと見てとれた
からだの疲れぐあいや眠気の癒されぐあいを
感じ取ってみようとしているうち
襖の一か所に鮮やかな青を感じ取った
全体的には白や灰の色あいなのに
そこだけ青を使ってあるのかと思ったが
よく見てみると動いている
床から起き上がって近づいてみた
青い魚がからだをくねらせて泳いでいた
コバルトブルーといっていいような
鮮やかな青で部分的にもっと暗い青もあり
襖に描かれたモノクロームの流紋の中を
生き生きと尾を左右に振りながら泳いでいる
襖の空間にあわせてでもいるのか
身の振り方はスローモーションで
泳ぎ進む速さもゆっくりとしている
あまりに美しい鮮やかな青なので
からだの強く締まった様子のこの魚を
まぢかに見つめ続けた
こんな襖の流紋の中に泳いでいるとは
なんと不思議なことかと思うものの
こんな話は世間では相手にもされぬものの
実際には時々あるものでもあり奇譚として
密やかに語り伝えられることもある
と思いながら見続けるうちに
脳の奥から浮き上がってくるようにして
フーッと目が覚めてくるのだった
からだはそれでも床に横たわっておらず
同じ寝室の同じモノクロームの襖が見える
襖の前にしっかりと立って流紋に向いている
薄闇の中でやはり白々した様子に見えている
青い魚のすがたはしかし流紋の中には見えない
あれはやはり夢だったのかと思いながらも
鮮やかなあの青の印象は強く目の奥にあった
仕事の話も生活の話もせずに
たゞ奇譚しか交しあわない友に話すと
そうなんだよ寝室に現われる魚が
最近増えているらしくよく耳に入ってくる
あなたの見たのも夢でなどなく
本物なのだろうねと受けてくれた
現実の境の崩壊が近頃とみに進んでいて
鮮やかな魚が寝室の襖や壁に現われたり
宙を泳いでいく光景が見られたりと
そんなことが増えていると言った
信じがたいことでも経験というのは
非常なちからを持った扉で
一度でもそんな魚を見た人たちは
いよいよ二度と元には戻れなくなるという
まわりに展開している現実の到るところに
無数の穴が現われて違う現実と繋がり
現実と呼ばれていた一つのチャンネルの
雑に編集されていた俗な番組の雰囲気に
もう全く拘束されなくなっていく
話としてはわかっているつもりだったが
とうとう来たということだよあなたにも
と友は言いながらスマホを出して
静かに見せてくれた写真の一枚には
真っ青な美しい青色の魚と隣りあって
穏やかな顔でこちらを向いている友の
寝室での姿がはっきりと写っていた
撮ったのはもっと奇想天外なやつでね
というのでさらに聞いてみた
べつの私といえばわかりやすいかもしれないが
からだからも意識からも出て別行動をする他の私で
別人格であるとともに完全に通底していて
めったに同じ場所に存在したりしないものの
あの時は近くに現われてこんなサービスを
珍しくもしてくれたというわけなんだよ
色もかたちもない全くの透明な存在で
けれどこの時は努力してスマホを扱ってくれた
今もあなたの後ろに来ているんだよと言われ
後ろを向こうとする刹那やわらかい微風が
肩をすこしとろりと温かく撫でていくようだった
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