2016年9月6日火曜日

軟体老人



食卓には妻がいて
娘もいる
ちょっと頭の細長い女に
育ったなぁと
娘の顔を見ている
この遺伝は
どこから来たんだろう
と思いながら

長めの葉っぱの
南国ふうの観葉植物が
テーブルの花瓶に挿してある

ぼくは
すっかり老いている
体調は悪くないし
いたって元気なのだが
もう人生は流すだけ
そんな感じで
全身がやわらかくなっている
角張ってもいないし
ヘンな熱気も出さない
関節のやわらかい
肌のつやつやの
軟体老人

娘がパリに住むとか
住まないとか
そんな人生状況になっているらしい
おまえがパリに住むといいねえ
なんて
しきりに娘に勧めている
そうしたら
ぼくも好きな時にパリに行けるし
なにかと縁があった街だから
老いても関わりがあるのは楽しいし
なんて
にこにこしながら話している

それにしても
娘がキリッとした女に成長していて
よかったと思っている
妻も娘も女どうしの賢明さを分かち持っていて
いちばんぼくが頼りない感じだが
にこにこしながら話している
キリキリと心休まらない人生だったが
もう人生は流すだけ
望みとその実現なんかに
精魂傾けるたぐいの人生は
もうすっかり娘の代に任せてしまって

娘がパリに住めば
こんな老いぼれてしまったじぶんも
好きな時にパリに行けるから
なんて
なさけないたわむれ話をしながら
にこにこしているばかりの
全身やわらかな
角張ってもいないし
ヘンな熱気も出さない
関節のやわらかい
肌のつやつやの
軟体老人
ぼく




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