その労働交渉には
たくさんの出席者があったので
それを控えた打ち合わせも
大きくもない部屋で
大テーブルを囲んでの
詰めあっての会合となった
たくさん弁護士も来て
その中には他の仕事の後で
遅れてくる人もいたので
ひとりひとり来るたびに
プラスチックコップに茶を注いで
手渡してやる
そのため席を立たねばならないことが
何度かあった
書類やノートやペンを
テーブルに置いたままで
何度目か
お茶を手渡しに席を立ってから
戻ってみると
自分の前のテーブルの
小さな面積のうちに
書類とノートは置かれたままだが
ペンがなくなっていた
下に落したのかと思って
テーブルの下をさがしたが
見つからない
シャツのポケットにでも
無意識に挿したのかなと見ても
やはり見あたらない
もう一度
と思ってテーブルの下を見ると
となりの高年の労働運動家が
膝の上で両手のこぶしを握っていて
右手のほうに
ペンをふたつ持っている
そのうちの一本は
あきらかにわたしのペンだった
見ていると
右手に握っていた私のペンを
左手のほうに移して
手のひらには収まらない長さなのに
手のひらの中になんとか
丸め込もう
隠そうとしている
テーブルの下のことで
誰にも見えていないけれど
わたし以外には誰にも
その人に声をかけ
あれ?
それ、わたしのですよね?
ハハハ、間違えちゃったんですね?
まわりに聞こえ過ぎないように
小声で言いながら
そうっと
やわらかく
ペンを奪い返した
テーブルの下のことで
誰にも見えていないまま
わたし以外には誰にも
正義、正義、といつも言い続け
民主主義がいま危機だと説き
都知事は元ジャーナリストでないと
もう東京は終わりだと言っていて
サヨクの党派に属する人で
わたしはこちらの意見も主張もせずに
すべての人の意見をまずは
長く長く何年もかけて
同意も賛同もせずに聞くタチだから
この人の話も主義も
聴き続けてきたのだが
この後
ノートの上にまたペンを置いて
他の色のもう一本も合わせ
今度は二本置いて
話をしている人のほうに耳を立てながら
書類を精読していて
ノートのほうに目を落としたら
また一本
なくなっていた
となりの労働運動家のこぶしには
なにか特別な力によってか
稀な現象が働いてなのか
またわたしのペンが移動していて
あれ?
それわたしのですよね?
ハハハ、間違えちゃったんですね?
同じ小さなシークエンスが
同じ小さな物語の一部が
くり返されることになった
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