私の上に降る雪は
いと貞潔でありました
中原中也
わたしの上に降る雪も
かぎりなく
美しい時もあっただろうけれど
…と書き出して
「しかし覚えてはいない」
と続けようとしたが
でも覚えている
かぎりなく
美しい時もあったことを
渋谷で若者らと飲んで
外に出たら大雪
誰も傘など持っておらず
駅まで
わあわあ言いながら
みんな頭に肩に降られていく
スクランブル交差点で
信号待ちしながら
照明やネオンでいっぱいの
ビルの上を見上げると
ひとひらひとひら
光に照らされた雪片がたくさん
後から後から
降り落ちてきて まるで別世界の
宙空の雪の舞い舞台
宙空の雪の舞い舞台
見知らぬ人たちとも
きれいだねぇ すごいねぇ
などとちょっとはしゃぐようにして
こんな美しい雪のさまを
渋谷のスクランブル交差点で
まったくの場違いのように見ながら
こんな瞬間が台本にあったとは
なんて幸福な人生だったかと
驚きと感謝とに満たされるようだった
だから わたしの上に降る雪も
かぎりなく 美しい時もあった
と書かねばならない 書く他はない
覚えているから
かぎりなく
美しい時もあったことを
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