後ろから伸びてくる腕

知り合いのカメラマン、慎ちゃんの実体験を思い出す

ベッドの上で新しいガールフレンドを抱き寄せようとしたら、
相手の腰のあたりで
手が邪魔をしてきたそうな

彼女の両腕は、
しかし、慎ちゃんの首や肩に絡まっている
彼女の腰を薄明かりの中で見たら、
誰のでもない腕が彼女の後ろから伸びてきていて、
慎ちゃんの体が彼女の腰に近づかないように邪魔している

わかったよ、近づかないよ、
と心の中で言い、
｢ごめん、ぼく、疲れ過ぎてるのかな、なんかダメだ、今日…｣
と彼女には言って、
眠ることにしたのだと

その後、
忙しさにかこつけて、なるべく会わないようにし、
うまく別れられたそうな

｢かなりな美人だったんだけどね｣
と、慎ちゃんはちょっと残念そうだった

｢でもねぇ…｣
と返すと、
｢そうだよねぇ…｣
と慎ちゃんは笑った

その次に会ったのが今の奥さんになった人だから、
あの夜に
ガールフレンドの腰の後ろから伸びていた腕のおかげで、
生涯の伴侶にめぐり会えたのだ
と、言えないこともない

ひょっとしたら、
今の奥さんの魂から伸びた腕だったのかもしれないよ
そう言おうと思ったが、
なんとなく言わないままに、
他の話に移っていってしまった

あれから、もう６０年になる