その詩人を大学に招いたのは私
いくつかの調整がうまく進み
講演会を組織できる運びとなった
もはや現代で
どんどん
詩が読まれなくなっていくのを
よく正面から受け止め
それならと
読まれない詩を
読めるものなら読んでみろという詩を
とにかく読まれ難そうなものを
いかに凝りに凝って創り上げるか
そう覚悟しての
パフォーマンス作業に入っていた
詩というより
言葉のインスタレーションへ
数年間は
詩人のあらゆる朗読会や
講演会
催しへと顔を出し続けた
新しい著作は郵送してくれるようになり
いくつかの作品の中にも
私の名が散らされた
もっともルビや点点で埋め尽くされた中の
細かい細かい字なので
誰も読もうとしない印刷にすぎないのではあるが…
他の人たちの名も同じように
小さな文字で刻まれていたりして
あゝこうやって
関わった人たちを作品に刻印して
これを見せながら
文化の幇間をし続けて身銭を稼いでいくわけか…
それはそれで
寂しいことではあった
どの道ほとんどの未来の人々には
さらにさらに読まれなくなっていくほかない文字の
すでに型に嵌ってきつつあったインスタレーションで
あゝずいぶんと書き込んだんだねえ
すごいねえ
よくまァ書いたよねえ…
そう言われるためだけのものだから
ある夜
やはり朗読会があって
詩人の撮った写真の小展覧会もあわせた集まりとなり
いつもまァ似たようなものばかり…
とそろそろ思い始めていて
出かけていくのも億劫になっていた私は
それでも出かけて
朗読の前後に目が合った詩人と手を振り合ったり
拍手するしぐさをして見せたりしていたが
ちょっとした幕間
詩人に渡すものがあって
小さな楽屋に入って行こうとしたら…
…なかで詩人が
詩人の妻を
ずいぶん激しく叱責している
怒鳴りつけている
朗読の際にカセットテープをかけて
効果音を加えるのだが
うまく頭出しがされておらず
次の朗読のために場所が見つからないようすだった
外国人の奥さんに
日本語や英語で
それはそれはひどい口調での
叱責
怒鳴りつけ
夫婦のことだから
他人があれこれ忖度することでもなく
いろいろあるには違いないものの
奥さんのことはずいぶん作品でも触れていて
講演などでも
まるでミューズのように
やさしくやさしくやさしく思っているようにいつも語られ
頼りにもしているようなのに
あゝ そういうのって
身過ぎ世過ぎの劇だった?
裏ではこんなふうに
お前は…
まったくバカな…
いつもお前は…
こんな感じでドサまわりを
続けているのだったか
どうか…
断言はしないし
決めつけもしないものの
渡すものも渡さず
そろりそろりと楽屋から離れ
もう
このくらいで
いいかな…
と
思ってしまった
そうして
ホールの出口にひとりで向かって
そうして
夜の中へと
私は姿を消していった
その後も
文のやりとりは続くものの
二度と
朗読会にも
講演会にも
赴くことはやめにして
むこうからすれば
たぶん
私というずいぶんと馴染み出した人間が
なぜか
フェイドアウトしていった…
と見えるだろうような
曖昧な
よくわからない後味を残しつつ…
そっと
そっと
ゆっくりと
私は後ろ手にドアを
閉じていった
夜のなかに出た私は
すこし前に流行っていた
ポップスの一節を
なぜか
思い出して
口ずさみながら
歩いていた
しばらく口ずさむうち
歌詞を少しかえて
♪やさしく
やさしく
やさしくね
などと鼻唄しはじめ
まるで
そっと無言で
別れを告げてきたばかりの
詩人にむかってのように
くりかえし続けた
♪やさしく
やさしく
やさしくね
♪やさしく
やさしく
やさしくね
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