人は死ぬ瞬間までは生きているので
あたり前のことだが
死ぬ瞬間まで自分が消えるとは思っていない
死ぬ瞬間まで未来や近い未来の準備をしようとする
物を買い集めようとしたり
備蓄をしたり
まだ全てを手放す必要はないと気を抜いたり
今後一週間の予定を漠然と思ったり
次の季節の移り変わりを思い描いたりしてしまう
あたり前のことなのだが
だから皆まったく準備が整わずに死んでいく
死の近いのを思って
どんなに心の準備をしてきたり
人に迷惑をかけまいと身辺整理をしてきた人でも
最後に身に着けていた寝巻や下着を洗濯することはできない
最後の歯ブラシを捨てたり
最後の顔に化粧水や保湿クリームを塗ることはできない
鼻毛が伸びすぎていないか気にしたり
目ヤニがついていないか注意したり
唇が渇いていないか気にしたり
髪を整えることもできない
意識が死のほうへ離れる時には失禁するが
最後の服や寝巻を自分で取り換えることももうできない
便で汚れたそれを人に知られぬように替えて洗うことはできない
あゝあそこの机の隅を片付けておくんだったなと思っても
もう動くこともできず意識はたゞたゞ蕩けて消えていってしまう
どんなに処分を尽くしても最後に畳何畳かほどの生活品は残る
それらを人に渡すことも棄てることももうできない
最後の住まいを手放す書類にサインすることもできない
業者と清算することもできないし死亡届を出すこともできない
自分の最後をしっかり統御することはできず
自分で自分を中途半端に手放してわからなくなっていく
…それでいいんじゃないか
と思う
それではよくないと思わされるようならば
世の中が間違っていて
世界が完全に誤ってしまっている
自分の始末など
つけるのを強いられるようではいけない
もともと
確固とはありもしない
ゆめ
まぼろしの
自分の
始末なんぞ
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