2017年3月11日土曜日

あたらしいアンテナを



玄関ホールに
よく響く大時計が置かれてあった
盲目の生田さんのお家

午後中ずっと
生田さんとわたしだけで
しかも大きなお家だったので
大時計が時を刻む音が
どこにいても
よく聞こえていた

あの音のおかげで
家の中では
ずっと動きやすくなる
という

センサーの網のように
音は家の中に行きわたり
大時計からの距離を感知させるので
精度の高い地図の上を
さまざまの糸をたどるように
移動できる

「音のどの糸にも
「大時計からの距離が
「染められていますから

生田さんから離れて
お家の中を
さまよわせてもらっている間
大時計の音を
わたしも聴きながらも
わたしはまた
わたしで
離れている生田さんの
存在の雰囲気を“聴いて”いた
音をうるさく立てなくても
生田さんが移動すれば
移動した雰囲気が聴こえる
だいたいは
いや
ほぼ正確に
お家の中のどのあたりを
生田さんが移動中か
わたしには聴こえていた

お別れして
街を歩いて行きながら
まだ生田さんが感じられるだろうか
そう思いながら
見えないアンテナを張ると
まだまだ感じられた
電車に乗っても
駅の雑踏から
ホームや別の駅の雑踏を抜けても
商店街の騒がしさの中を進んでも
まだまだ感じられた

ひとつ
あたらしいアンテナが伸ばせたなと
きょうは
楽しかった




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