毒を仰いでの
処刑
その死に臨んでソクラテスが
クリトンたちにむかい
魂の不死についての対話編『パイドン』で
最期の話を続けている
わたしが述べたようなぐあいに
地下の世界というものがある
そう確信をもって主張することは
まぁ
理性ある人には
ふつうは
ふさわしくないということになろうね
でも
魂が不死なのはあきらかで
魂とその棲み処について
あのようになっているのだと思うのは
すこぶる適切なことなのだし
そんな考えに身を託して
危険を冒すのも価値がある
そうわたしは思う
なぜなら
この危険は美しいのだから!*
パスカルと同じなのか
神がいるか
いないか
という問いにおいてなら
いる
と賭けたほうが
勝算が高い
そう言ったパスカルに…
魂が不死だと
賭けて生きる危険を冒すほうが
美しい!
そう
ソクラテスは言うのか…
急いで毒薬を飲む必要はない
中には
さんざん飲み喰いしたり
好きな者と交わったりしてから
ようやく毒を仰ぐ者もいるぐらいだから
とクリトンは言い
ソクラテスの死を遅くしようとする
しかし
ソクラテスは言う
彼らはそうすることで
儲けていると思っているのだ
でも
わたしは思う
ほんの少し後に毒薬を飲んでも
儲けになんてなりはしない
わたし自身に対して
わたし自身を笑いものにしてしまうのが
関の山だろう
生きることに恋々として
もうなにも入っていないのに
杯の中を舐めまわすようなことをして
わたし
なるものの在り処
それはどこか
どこから
どこへ移るか
それを確信していなければ
危うい
その場合
危険は
美しい危険ではなくなる…
クリトンは
もう少ししたら
死体となって眺められる者が
わたしなのだと思っている
だから彼は
わたしをどのように埋葬しようか
などと尋ねてくる
さっきから
ずいぶん長々と話してきたのだがね
毒を飲めば
わたしは立ち去るのだよ
浄福な者たちの幸福のなかへとね
きみたちのもとには
もう留まらずに
だから
ソクラテスを安置するとか
ソクラテスの葬列に加わるとか
ソクラテスを埋葬するとか
そう表現することは過ちなのだと
ソクラテスは言う
いいかね
よきクリトンよ
ことばは正しく使わないといけない
それ自体で過ちを犯すことになるだけでなく
魂に対しても
なにか害悪を及ぼしてしまうのだからね
魂に対しても…
魂とは…
それではなにか
魂の自然な性質とはなにか
自由にしたら
魂はどのように動くのか
魂が魂自身だけで考えるときには
魂はかなたの世界へ
純粋で
永遠で
不死の
おなじようなもののあるほうへ
赴いていくのだよ
魂は純粋に魂自身だけになり
おなじようなものとだけ関わり
さまようことを止め
永遠なるものと関わりながら
つねなる同一のあり方を保つ
魂はそういうものに触れるのだからね
そうして
魂のこの状態こそ
知恵と呼ばれるものではないか…
魂が
純粋に魂自身になれる
そんな状態にないうつせみの境遇では
むずかしく
むずかしくなく
むずかしい
むずかしくない
課題
夢
理想
そうあれれば
そうであることができれば
の話
知恵…
魂が純粋に魂自身だけになり
おなじようなものとだけ関わって
さまようことを止め
永遠なるものと関わりながら
つねなる同一のあり方を保つ…
魂のこの状態こそ
知恵と呼ばれるもの…
知恵…
*『パイドン』からの引用は、既存の訳を参考にしながら、 凝縮し、約めてある。プラトンの叙述は、必ずしも、 簡潔適確とも言えないようなので。
0 件のコメント:
コメントを投稿